♪知識、経験ないけれど〜 キャラとハートがおおまかカバー♯(
「キャラ」って専門用語かと思ってたけどこれからの世代は標準語になるんでしょうね、と思ってしまうアニメのOPあたりの挨拶)
変種成果主義に負けない 漂流する日本企業の制度 【朝日】
「会社の業績が低迷しているのに、目標を達成したからといって高い評価を出す会社、それになびく若者。彼らの中には、会社が今後どうあるべきか熱く語れるヤツは一人もいない。会社の将来を思う気持ちは全くない」
いまだに何
たわごと言ってるんですか。
このあたりの感傷論に惑わされて、まったく本質に迫っていない、ピント外れの記事書いてる「AERA」も情けないといえば、それまでですが……。
この泣き言一つ見れば、
「成果主義」なんてコトバ遊びでしかなくて、根本的な意識はまるで変わってないことに気づきそうなものです。
成果主義、あるいは終身雇用制の崩壊、こういった変革をプラスに評価するかマイナスに見るかは判断の問題ですが、土台に何があるか、根本のところで何が変わるのかを見なければ、アサッテの議論で終わるでしょう。
終身雇用制の崩壊と成果主義の導入は、ほぼイコールです。完全に同じではありませんが、片方を取り入れればもう一方も伴うという点では、まとめて論じることができます。
年功序列でなく、個人が挙げた成果によって賃金やランクを決めるというシステムが成果主義ですが、これを取り入れれば、当然「年齢とランク・賃金が関係ない」結果を生みます。成果も年齢に比例するようなら話は別ですが、問題になるのはそうではない大多数のケースで、「年齢が下なのに上司」といったことでしょう。
これまでの「年功序列」システムでは、要するによほどのことがない限り、年齢に応じて賃金とランクが上がっていくようになっていました。長く務めれば年数の分だけ上がりやすいわけですから、成果を挙げるかどうかによらず、悪く言えば「居座っている」ほうが得をする。その代わり、年度ごとの成果に一喜一憂する必要はなかったのです。古の高利率時代の定期預金みたいなもので、途中で解約すると損するから放っておくのが賢いわけですね。
しかし超低金利時代だから、というわけではないにせよ、激動の時代に入って、そうタンス預金のように賃金も上がっていくシステムは維持しにくくなってきました。そこで成果主義……という話のはずですが、ここで見落とされやすいのは、
年功序列によって維持されていた終身雇用制にも、システムとしても意識としても訣別したはずだ、ということなのです。
これも預金の例でいえば、預けているところがダメだと、金利どころか元本割れのおそれが出てきたわけです。漫然と長期間預けさえすればいい、というわけにはいかなくなってきた。となれば、当然、リスクとリターンを見て必要とあれば預けかえる、つまり途中解約も積極的にやらなければならない時代に入っているわけです。
労働市場においては、金利とリスク分析のように数値的に話しにくい部分があるのは事実です。しかし、根本のところにある、発想の転換だけは理解しておかなければなりません。途中解約もありうる、ということです。
終身雇用制の場合は、長期安定が土台にありますから、最初の選択が重要で、あとは年月に任せておくことになります。だからこそ、「一部上場の超一流企業」という所属が、お見合いの釣り書きにもなりうるわけです。最初に所属できるかどうかに重点がありますから、入ってしまえばあとは大丈夫だろうと、ある意味では信仰ともいうべき前提があります。
激動の時代、そういう長期安定が望めないとなれば、短期のリターンで勝負するしかありません。今日所属しているからといって、明日クビにならない保証にはなりませんし、所属元が一夜にして潰れてしまう事態もありうる世の中になっています。いま仮にタイムマシンで20年前、1985年に飛んでいって、「山一證券は危ないですよ」「日本興業銀行も社名残ってないですよ」と言ったら、相手にされないでしょう。
それだけの大転換があったんです。20年の年譜を見返せば、現象面については誰にだって分かることですが、意識の面に対しては、どれだけちゃんと認識されているのか、はなはだ疑問です。いまでも「釣り書き」として成り立ちうる、その一事をもってしても、まだまだ呪縛から解き放たれていないように思えます。
だいたい、支払う賃金や地位以上の対価を要求するのは、市場経済の発想ではありません。「会社の将来」を考えろというなら、それなりの地位を与えて、それに見合った賃金を払うべきです。
語弊があるかもしれませんが、要するに
「世間並み」のハシタ金で、将来まで考えろというのは随分ムシのいい話です。そんな都合のいい話が曲がりなりにも過去には成り立っていたのは、中途解約のないシステムだったからです。支払われる利息の大小よりも、ともかく満期まで無事にたどり着けることが大事だったから、金額に関わらず皆が仲良く「会社の将来」を考えることがありえたのです。
「成果に見合った待遇をする」システムを導入した以上、
待遇に見合った成果しか期待してはいけない、そういう覚悟も当然必要になります。この点が非常に曖昧で、なんだか成果は無限大に求めるけれど、待遇は有限の範囲内、となっていて、疑うこともしないのは滑稽な構図です。
ところで、成果主義システムに入った人の不満だけでなく、まだ入れないでいる人の問題も考えなければなりません。
先日、「いかにしてニートになりし乎」調査みたいなことをやる、という報道もありましたが、困っている人に対する聞き取り調査だけで済むものかどうか、頭脳をもっていて考える能力がある人間が検証しなくていいのか、疑問が残ります。
もちろんニート問題は細かく見ていけば、ひとりひとりの悩みに行き着くでしょう。万能薬で一律になにかできるとは思えません。しかし、傾向と対策を考えてゆくなら、大まかにでも状況を分析しておく必要が出てきます。
ニート問題についての記述をみると、「対人関係に疲れた」といった理由が多く見られます。なんでそこまで追い込まれたかと考えてみると、ひとつには「失敗を許さない」社会構造があるように思えます。
失敗の内容もいろいろあるでしょうが、「まあ、終わったことだから」で済ませていれば、少なくとも社会から切り離されたいとまで思うほど、追い詰めずに済んだのではないでしょうか。
たとえば対人関係にしても、たまたま学生時代にトラブルがあったとしても、それを「あのときは若かったから」で済ませることのできる人は、そこでつまづくことはないわけです。失敗に学ぶ精神が裏目に出て、というと過大評価にすぎるかもしれませんが、お気楽極楽ノーテンキのほうが、ニートになりにくい要因にはなるかもしれません。
だいたい、学校出たての新人さんや、他の業種から転職してきた人たちに、いきなり即戦力になれ、なんて求めるほうが無理で、即戦力として第一線に投入できると思うほうがどうかしています。マニュアル通りにやれば必要十分、100点満点だというなら話は別ですが、多くの場合マニュアルプラスアルファのものを要求します。そのプラスアルファの部分は、マニュアル化できていない以上、入って1日の新人さんが知らないのは当たり前であって、面倒なようでもいちいち教えてやらなければ先には進まないはずです。
こういうと、すぐ「それぐらい常識でしょう」という声が返ってくるんですが、そもそも仕事に関して常識の成立する部分がどれだけあるのか、ちゃんと評価
(アセスメント)できているのか疑問です。エアバスの事故報告がありますが
(中華航空名古屋事故)、手動操作を前提にした旧型機の感覚で操作したら、現代のジャンボジェットは落ちるんです。あんな最先端の能力を求められる分野でさえ、「常識」だと思っていると思わぬ落とし穴がある。民間航空機ほど、人の生命を預かるゆえに事故調査から日頃の安全管理まで徹底している分野は多くはありませんが、それでもマニュアル化していなかったために起きる事故は残るわけです。
それなのに、
たまたま日本で育って日本語を喋るというだけの理由で、「常識だろう」と決め付けてかかるというのは、どういう神経なのか理解に苦しむところです。昨日パイロット志願して入ってきた学生を今日コックピットに座らせて、ミスがあったら解雇、なんてやるのと同じで、そんなムチャはないだろうとしか思えません。
ここで、即戦力にならないなら路頭に迷え、1人の成功者のためには99人失業しても構わない、という覚悟が社会にあるなら、それは一つの解ではあるんです。開発途上国の場合、分配しようにもトータルの富が限られていて、そういう社会構造をとることはあります。まあ、のちのち革命でひっくり返されたりすることが多いんですが、それは別問題として、ですね。
しかし、現代の日本で「ニート」問題が語られるときに、そこまで面倒見切れない、放っておけばいい、という話はあまり見かけません。なんとかして「社会復帰」させなければならない、という焦燥感ばかりが語られるんですが、では「復帰」すべき社会のほうに、受け容れる度量やトレーニング用のマニュアルがあるかというと、そういう点は放ったらかしです。結果としてどうなるか。先行きを見通せる能力のある人ほど、「どうせ失敗するだろう」と見通しがついてしまう、あるいは少なくとも成功の見通しが立たないがゆえに、ニートの現状に留まることになってしまいます。
これは言ってみれば、社会側の参入障壁とでも呼ぶべき問題です。かつての日米構造協議、もはや知らない世代が過半数かもしれませんが、あのとき問題になったのは、関税率などと違って目に見えないハードルがあって、アメリカの企業が日本に進出しにくくなっている、という指摘でした。たとえば公共事業の参加条件として、日本国内での実績を要求するのは、見た目自由競争のようでも、実際はこれから参入しようとしているアメリカ企業に門を閉じているじゃないか、といったことが大変な論議を呼んだわけです。
どうもこのときのアメリカ企業と同じようなことが、いまの「ニート」にはあるんじゃないかという気がします。実績であったり即戦力であったり、一見自由競争だから求めて当然というものが、実は新規参入に対して非常に高い障壁になっている、同じ構図があるように思えて仕方がない。
繰り返すようですが、これ、それでいいと断言できるなら結構なんです。それぐらい乗り越えて来いというのも一理ある話ですから、死屍累々になってもと言うなら反論はできません。
しかし、その場合は「とにかく参入せよ」という掛け声はやめてもらわなければなりません。参入障壁は下げない、それでいて参入しないのはおかしい、と価値観の押し付けだけでどうにかしようというのは、いくらなんでも無理筋というものです。
「ニート」どころか、第一線でバリバリ働いている人に対してさえ、今度は「結婚していないのは男女ともに未熟だ」という偏見が飛んでくることもある。実績も実力もすでにある人に向かってそんなものが来るとしたら、これから参入するのは無理じゃないか、と思う人が出てきて当たり前ではないでしょうか。しかも、実績や実力がある人でさえ、そういう偏見と戦ってゆくことはしないわけです。
そんな「戦場」に、参加したいと思わない人が出てくるのは一向に不思議ではありません。もし、それが不思議だと強弁するなら、それは「日本人なら兵隊さんに」と同じ、単なる妄念です。
この問題に関して、構造協議だとか、スーパー301条のようなハード・ネゴシエーションがまったく期待できないことは、より前途を暗くしているように思われます。障壁を作っている側がいつまで経っても“排他的取引慣行”に安住して、障壁の存在に気づきもしないとすれば、一度ゼロ・リセットするほかに価値観の変革は望めないのでしょうか。
とはいえ、せっかくの人生、「虐げられし者」の哀歌で浪費するのももったいないことです。障壁を作る社会ばかりがすべてではありません。どんどん頭脳流出でも移民でもすればいいんです。息の詰まる社会にお付き合いする必然性などありません。日本人として死ぬよりも人間として生き延びる、それも「前向き」の一つのはずです。
中身はオッサンだと思う、私は(笑)(
深夜というより「未明」の時間に炸裂したなっちゃん節あたりの挨拶)
スポーツに時間取られて短縮編成、とでもいいたくなる「経済最前線」「きょうの世界」。
「きょうの世界」では、トラファルガーの海戦を記念する式典をポーツマスから生中継していましたが、……なんでエリザベス女王の背中ばっかり映ってるんでしょうか、このカメラ位置(笑)。
というわけで、かねて期待の文化放送の特番「みゆみゆの渚の食いしんぼBANZAI!」、本来の放送予定でも日曜午前2時スタートだったのが、
野球延長で1時間押し。……日本時間で生活されてる皆さん、お疲れ様です(笑)。
ちなみにこちらはテヘラン時間から米東部時間へ時差修正中です(笑)。
ゲストブッキングについて……。
松来:ゲストということで、恐れ入りますが、私も絶対なっちゃんがゲストがいいと。
桑谷:未祐ちゃんありがとう! 仕事が一個できた(笑)
ちょっと! ちょっと! やっぱりそういうモノサシ?(笑)
さすがゴールデンコンビ(笑)。
そうそう、「ウォーターゲート事件の情報源“ディープ・スロート”は私だ」報道を取り上げたら、何だかアダルト方面の単語で検索から来られた方がいるようで……
そんなのここにはないです(苦笑)。
もっとも、「ディープ・スロート」で検索すると、半分ぐらいがウォーターゲート事件
(しかも今回の報道後のもの)で、残りの半分がそっち系みたいなので、仕方ないのかもしれませんが……。
詳しくコメントしちゃうと未成年お断りコンテンツになってしまうのでやめておきますが(笑)、あえて大人向けに一言言うとすれば、消化管内視鏡
(いわゆる胃カメラ)だって苦痛あるんですから、あまりムチャなさいませんように(苦笑)。
>春歌(WS)ちゃん(6月23日)
>…それ以前にこんな夜中にコックリさんをやると言う行為自体が信じられませぬ(田村ゆかり風に)。喪前らはミステリ同好会かと小一時間問い詰めたいですっ。
ミステリー(mystery)っていろいろな意味がありますが、長音なし
(音引き“ー”なし)の「ミステリ」だと、「推理小説」をイメージするのは私だけ?(笑)
「ミステリ同好会」と「オカルト研究会」はオーバーラップするのかしら……。日本全国で
(とくに新入生勧誘とかで)「うちはそっちじゃありませんっ!」というやり取りが繰り広げられてるんでしょうか(笑)。
そういえば、アメリカのテレビドラマ「トワイライトゾーン」
(Twilight Zone)は、日本での放送では「ミステリーゾーン」に題名変えられていました。……
白黒時代のお話ですけど(笑)。
♪運が悪けりゃ死ぬだけさ、死ぬだけさ〜♯(
再放送もなさそうなB級懐かしドラマの主題歌あたりの挨拶)
今週の「ネギま!」は、冒頭いきなりハードな展開に。
というか、死亡確認だけでも重いものがあるのに、駄目押しで燃やしちゃうのはどうかと……。
復活の魔術とかは専門外ですけど、普通はナマで残しておくんじゃないかと思うんですが……。
では、魔術担当の
はるかさんに聞きます
(ABCニュース口調……そういえば医療担当のティム・ジョンソン博士最近見かけないような気がするんですが)(おい)。
ところで、番組がのどか中心にシフトしたためか、ガンガン出番増えてる夕映、一部でいわれている「棚ボタ」よりは、
「インフレ」って感じがします(笑)。
今回も、Bパートで夕映のインフレ更に加速。
まあ、夕映のいうことも正論なんですけれど、安全地帯に踏み出すのも、それはそれで半歩前進ですよ、といらぬお節介を(笑)。
ついでにいうと、こう一気に畳みかけてしまうと、
「異議あり!誘導です!」「仮定質問です!」と異議出そうな気もします(笑)。
あと、勢いで強行突破はともかく、ネギ先生の選ぶ権利がまるっきり無視されてるのはいいんでしょうか?(笑)
ネギ・スプリングフィールド。
欲望と魔法と、女の子の渦まく現代に蘇る正義の騎士。
エロオコジョ・カモミールとともに、収拾つかない学園生活を送る若きヒーロー、ネギ・スプリングフィールド。人は彼を「ネギ先生」と呼ぶ。
高畑・T・タカミチ、ネギ・スプリングフィールドの良き理解者。
綾瀬夕映、通称バカブラック。宮崎のどか背中押しの天才。
多数の生徒に立ち向かう現代の騎士、ネギ・スプリングフィールド。今日、彼を待ち受けるものは、果たして誰か。
……
『ナイトライダー シーズン1 コンプリートDVD-BOX
』新盤発売と聞いて、つい(笑)。
続いて、特オチも大概にしろと言われそうなぐらい出遅れましたが、さんざん「出せ出せ」言ってた以上紹介しないわけにはいかないネタ。
『
スプーンおばさん DVD-BOX 1
』発売中! 『
スプーンおばさん DVD-BOX 2
』初回版予約受付中!
……ところで、DVD-BOX 2にある
「初回生産限定特典『特製PINS』(予定)」って何ですか?(笑)
これは萌え系コンテンツの売り方でいいのか、疑問があるんですけれど(笑)。
そして、今月初め「“ディープ・スロート”は私だ」と名乗り出たニュースが大々的に報じられたウォーターゲート事件について、このスクープをものにしたワシントンポスト紙のボブ・ウッドワード記者が回想録『
Secret Man: The Story of Watergate's Deep Throat
』を緊急出版。
……今月から来月にかけての
出費がタイヘンなことになるのは、ほぼ確実みたいです(泣)。
荒らしは徹底放置 煽れば荒らしが喜ぶだけです(
2ちゃんねるあたりの挨拶)
首相「靖国参拝は信条」 中国に不快感、継続示唆 【共同通信】
もうエゴイズミ首相は、2chでいうところの「荒らし」もいいところですから、大国を自認する中国がいちいち反応するのは、中国の国益とアジアの平和安定にとってマイナスでしかない、というべきでしょう。
「荒らし」とエゴイズミ首相一派の共通点として、まさに「煽れば喜ぶだけ」という点が挙げられます。それは、荒らされれば「住人」は嫌な気分になるでしょうが、反発すればするほど、ああいう手合いは燃え上がる。しかも、ヒートアップしてくると本来の問題から外れてしまって、擁護対アンチのような単純な対立の構図、水掛け論になってしまいます。
「荒らし」の張本人のエゴイズミ一派に何言ってもムダですから、ここは大人の中国政府に対して、「華麗にスルー」してもらいたい、と思います。中国の国民感情として容認できないことは理解していますが、しかしこの問題でDQN化した政治屋に改善を求めるのは、もはや不可能です。
中国がこのまま強硬姿勢を続けると、かえって従来どちらにもついていなかった無関心層の日本国民を、「反中」に駆り立てる危険があります。
中国に限りませんが、対日政策を考える上で、他の成熟した西側民主主義国と日本を同じように見るのは間違いです。タリバン政権やザルカウィ一派に、態度を改めろと言ってもムダなのと同じで、あまり鮮明に「どちらにつくか」とやってしまうと、敵の側に追いやってしまう危険性が高いと見なければなりません。アメリカの対イスラムテロ政策が演じた失態の二の舞をアジアで招くのは、大国のとるべき道ではありません。
国民的熱狂によっていつでも暴徒化する危険がある、知能レベルの低い国を相手にしているという認識に立って、反中・反アジアキャンペーンに利用されないように大人の外交を展開すべきです。
「常任理事国入り」問題にしても同じことが言えます。
日本に独自外交など存在しないことはわかりきったことですから、わざわざ悪役を買って出て、反対を叫ぶ必要性はないと考えられます。
もっとはっきり言えば、日本が常任理事国に加わるというのは、アメリカが2票獲得するのと等しいのですから、「日本に」と思えば腹も立つでしょうが、「アメリカにもう1票やる」と思えば、受ける印象もいくらか違ってくるのではないですか。
日本が「独自外交」なるものを今後行うとすれば、独自にあらず孤立外交でしょう。忘れっぽい日本人と違って、歴史に明るい国際社会の皆さんは、リットン調査報告を蹴って国際連盟から「光栄ある孤立」を選んだ間抜けな例をよくご記憶かと思います。そのときはそのときで、勝手に孤立させて自滅を待てばいいだけの話です。
何もそこまで将来を見越して、現在の段階で、無理に反発を招いてまで、反対する理由もなければ、支持する理由もありません。この点、カッとなりやすい島国の感情論にいちいち反応することなく、5000年の歴史をもつ大国として冷静な対処を求めたいところです。
……さて、首相の名前をNGワード推奨しなければならない状況の島国はどこに向かうのでしょうか。それでも「荒らし」側につくなら勝手に荒れてくださいとしか言いようがありませんが、仮にも民主主義を標榜するなら、そろそろ削除を検討すべき段階のはずです。「住人」のレベルが問われていると言うべきでしょう。