VNI鈴凛 過去ログ 04/08/02-31

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2004/08/31 君は何を今〜見つめているの♪
2004/08/29 さらに倍!
2004/08/24 とらふぐの姿煮
2004/08/21 利率を知らない子どもたち
2004/08/18 「読んではいけない」夏の11冊
2004/08/14 Sue first and talk later
2004/08/11 ドレミ
2004/08/10 死霊がいっぱい!?
2004/08/09 ホーリー・アップ!
2004/08/08 ファイナルアプローチ
2004/08/03 デッドラインはとまらない!
2004/08/02 ♪特ダネ探しの明け暮れに……

ニュースクリップ

(08/29 10:30更新)
★東京地検特捜部、旧橋本派の会計責任者を逮捕。1億円献金問題で【NHK】
(08/27 06:30更新)
★イラク・ナジャフでの3週間にわたる戦闘、シーア派指導者シスターニ師の仲介が奏効、サドル師と民兵の撤退で合意。サドル師側民兵は現地時間金曜午前10時(=世界標準時6時=日本時間15時)までに撤退、イラク警察はサドル師逮捕せず。撤退後は米軍兵力もナジャフと一線を画し、非武装地帯に。流血の惨事は終息の見込み【ロイター=ナジャフ発・米国東部時間17:21(日本時間06:21)
(08/25 01:30更新)
★イスラエル司法長官、制裁回避のため、占領地のパレスチナ住民についてジュネーブ条約(第四条約)の適用認める考え示す【ロイター=エルサレム発・米国東部時間11:51(日本時間00:51)
(08/24 20:30更新)
★イラク人虐待問題で罪を問われている軍法会議の被告側弁護士、ラムズフェルド国防長官に証言求める。「虐待は命令によるもので、ラムズフェルドは全部知っていた」=被告米軍兵士側弁護士【ロイター=ドイツ・マンハイム発・米国東部時間05:36(日本時間18:36)
★成田空港で拘束されたチェス元世界王者のボビー・フィッシャー氏に対し、日本政府が退去命令【ロイター=東京発・米国東部時間07:23(日本時間20:23)
(08/21 08:20更新)
★15年にわたりパレスチナ過激派「ハマス」へ融資続けたとして米司法省が2人を逮捕。「彼らは国際テロ組織の物資面での支援者だ」=アシュクロフト司法長官【ロイター=ワシントン発・米国東部時間19:05(日本時間08:05)
(08/21 08:00更新)
★イラク・ナジャフの聖廟に篭城続けるシーア派のサドル師民兵、依然として聖廟を掌握=地元警察がCNNに認める。サドル師側はシスターニ師へ聖廟引渡しで合意。サドル師の動向は目下不明【ロイター=ナジャフ発・米国東部時間18:27(日本時間07:27)
(08/20 06:00更新)
★イスラエルが建設を進めているパレスチナ分離壁をめぐる国際司法裁判所の「不法」裁決に対し、イスラエルの司法長官は分離壁のルート変更を主張。「国際法を遵守する姿勢を示し、制裁を最小限に食い止めるために決断すべきだ」=司法長官【ロイター=エルサレム発・米国東部時間16:33(日本時間05:33)
(08/20 05:40更新)
★イスラエルのペレス元首相、シャロン首相に対し議会選挙の前倒しを呼びかけ。イスラエル人入植地問題めぐる与党リクード強硬派とシャロン政権の対立に。「ガザからの撤退を大多数の国が支持している以上、リクード強硬派900人にイスラエルの運命は委ねられない」=ペレス氏【ロイター=エルサレム発・米国東部時間16:24(日本時間05:24)
(08/17 14:00更新)
★UFJ統合めぐり、東京高裁は許可抗告認める決定。最高裁の審理へ【朝日】
(08/02 06:40更新)
★兵庫県警本部によると加古川市の2つの住宅で7人が死亡しているのを発見、殺人容疑で捜査。【NHK】


2004/08/31 君は何を今〜見つめているの♪

 「今こそニューヨークに来るべきです。デモがあり、厳重な警備があり、爆発の予告があり……なんでも味わえます。さて、次はどこに行きましょうか、ナジャフかな?」(ABCが紹介した深夜のお笑い番組あたりの挨拶)


 これを紹介したABC「This Week」に、大統領選挙関連でヒラリー・クリントン上院議員が出ていましたが……若返ってないですか?(笑)

 さて、おそらく日本人の感覚だと、「あの」という冠詞をつけたくなるでしょうが、国際的にはそれは失礼な話で……。「サドル師が戦闘停止呼びかけ」というニュースをロイターが伝えています。

【ロイター=バグダッド発・米国東部時間15:27(日本時間04:27)
Iraqi Cleric Calls Cease-Fire After Bloody Uprising
Mon Aug 30, 2004 03:27 PM ET
By Andrew Marshall
BAGHDAD (Reuters) - Rebel Shi'ite cleric Moqtada al-Sadr has ordered his militia to end attacks on U.S. and Iraqi government forces and will soon unveil plans to pursue his goals through politics rather than conflict, aides said on Monday.
Iraq's interim government has been pressuring Sadr, whose Mehdi Army militia launched two bloody uprisings in Iraq this year, to renounce violence and to enter the political arena ahead of elections due to be held in January.
"The Mehdi Army is now turning to peaceful struggle. We will have to see in the future -- that could change. But now it is peaceful," Sadr aide Sheikh Mahmoud al-Sudani told Reuters.
"Moqtada will declare his participation in Iraq's political process. He will not participate directly in elections but he will appoint and back someone from his side or elsewhere."
Sadr's fighters battled U.S. and Iraqi forces in the holy city of Najaf for three weeks this month until the country's most revered Shi'ite leader, Ayatollah Ali al-Sistani, returned from his London hospital bed on Thursday to broker a peace deal.
The deal only covered Najaf and sporadic clashes between Sadr's fighters and U.S.-led forces continued in other Shi'ite areas of Iraq, including the sprawling Sadr City slum neighborhood in Baghdad.
"Due to the situation in Najaf and the provinces ... we call on all members of the Mehdi Army to cease fire unless in self-defense, and to be patient until the political program which Sadr's followers are planning is revealed," Sadr aide Sheikh Ali Smeisim told Lebanon's al-Manar television in Najaf.
FORMIDABLE FOE
Sadr's call for an end to violence will ease the pressure on the government of interim Prime Minister Iyad Allawi, which had struggled to contain the uprising until Sistani's intervention.
But Sadr will be a formidable political opponent. His fiery denunciations of Iraq's government and the presence of U.S.-led troops have earned him widespread support among impoverished Shi'ites impatient with Iraq's Shi'ite clerical establishment.
Shi'ites make up the majority of Iraq's population and were long oppressed by Saddam Hussein, a Sunni. Poorer Shi'ites say their hopes that life would improve after Saddam was toppled have not materialized, and many have flocked to Sadr's banner.
Allawi is also trying to quell a Sunni Muslim insurgency and to bring cities like Falluja, Ramadi and Samarra under control.
Falluja is a particular problem -- U.S. forces pulled out in May, turning security over to an Iraqi force after weeks of fighting that killed hundreds and outraged many Iraqis. The city is now largely in the control of insurgents.
In an interview with the Washington Post, Allawi said he had held talks with guerrillas to try to end the insurgency.
"I am meeting them and telling them there is one thing to do: It is the respect of law, the rule of law. If you want to use violence, we will face you violently and suppress you -- and we will bring you to justice," he was quoted as saying.

 引用文の後半部分、イラク暫定政府のアラウィ首相がゲリラ組織とも対話をしていることは、重要なポイントだと思います。
 アメリカ的には、「いかなるテロ組織とも協議に応じない」と言いたいところでしょうが、手のつけられない現実を前にしては無理というものです。
 引用は略しましたが、「フランス国内の公立学校でのスカーフ着用を禁じる法律に反対してフランス人記者を誘拐」という、これまでにない形の事件も出てきていますから、とても従来の思考法では収拾がつかないでしょう。……こんなデタラメな状況を作ったのは誰か、という問題は常に忘れてはなりませんが。

 ところでいま(日本時間31日05時すぎ)、外で風雨の音が聞こえています。
 ……ウチで音が聞こえるのって、欠航結構ハンパじゃない状況だと思うんですが(笑)。
 気象レーダで見るとそうでもないんですが、アメダスで見ると強い風が観測されているようです。
 そうそう、誤解されがちなんですが、テレビで紹介される「気象レーダ」で見えるのは「雨雲の強さ」で、色で表されているとおりの雨が降っているというわけではありません。もともとレーダで見えるのは「雲があるか、ないか」「雲があるならどれぐらい『濃い』か」です。
 写真と同じで、気象レーダは「ある瞬間」を切り取っているわけですから、「1時間に何ミリ」というような一定時間の「量」が即座には出てこないのです。
 これだけでは気象衛星の画像と変わらないので、数回計ったデータから「雨雲の強さ」の変化をとって重ね合わせることで、「およそこれぐらいの雨が降っているだろう」というデータを推算しています。
 飛行機のレーダも、「X時Y分Z秒、事故機はどこにいた」という「点」を出しますが、「事故機がどう飛んでいって落ちたかの航跡」を出すには、一定時間のデータを蓄積して、多くの「点」を重ねてはじめて「線」になるわけです。
 アメダスのほうは、これは実際に水を貯めて雨量を測っていますから、「どれだけ降ったか」が分かります。
 しかし、ちょっと考えれば分かりますが、「実際に降った量が分かる」ということは、つまり「降ってみないと分からない」わけです。「4時から5時までの1時間の降水量」は、5時を過ぎないと出てきません。
 短時間の局地的集中豪雨では、これが仇になって、ヒドイ言い方をすると「アメダスで豪雨のデータが出たときには、もう橋は流れてた」ということも考えられます。
 この点、どちらも一長一短ありますが、なんとかして実際の防災に役立つように工夫されています。
 それにしても、この地震や台風のやたら直撃する列島で、国民の生命を守る防災については、「槍の穂先」よりも軽んじられているのは、いかがなものでしょうか。
 ……何の話でしたっけ(笑)。普段晴れてるんだか降ってるんだか、外を見るよりアメダスのデータ見たほうが早いという部屋なんですが、それでも風の音が聞こえるのはすごいんでしょうねえ、というだけだったんですが(笑)。


ハイジャックの証拠なし ボイスレコーダー解析で【共同通信 /Yahoo】
 【モスクワ30日共同】ロシアの旅客機同時爆破テロで、国家事故調査委員会の委員長を務めるレビチン運輸相は30日、2機のボイスレコーダー(音声記録装置)の解析からは、両機がハイジャックされたことを示す証拠は得られなかったことを明らかにした。  両機がハイジャックではなく、飛行中の機内で爆発が起きて墜落した可能性が一層高まった。
 シベリア航空機からは墜落直前にSOS信号が発せられたが、運輸相は「爆発で機体が破壊され、回路がショートしたために発せられた」と指摘、ハイジャックされたための信号ではなかったとの認識を示した。
(共同通信) - 8月30日23時47分更新

 これ、第一報を逃がしたのでそのままになっていましたが、「ハイジャック信号を発した=ハイジャックされた」という点については、やや疑問を持っていました。
 こういう「言われる前から思ってました」というのは、なんだか後出しジャンケンみたいで気が引けるんですが(ヒットする前から注目してた、なんて訳分からない虚勢張る人いますよね)……。「分かっていた」と威張る意味ではなくて、どこが腑に落ちなかったか、という話として。
 疑問のレベルに留まっていたのは、ハイジャック信号は、具体的には管制に対して発する識別コードですが、どのコードが出ていたかが報道されていなかったからです。パイロットが「メーデー」「パン、パン」などと叫んでいなかったことは報道されていましたから、叫び声ではなくて信号の点が問題でした。
 具体的には、4桁で指定するATCトランスポンダの識別コードを、「7700」にセットすると「救難信号」で、「7500」にセットすると「ハイジャック信号」になります。どちらをセットしても、レーダ管制の画面で緊急情報が出るようになっています。
 ここの連携が、現在の航空管制の絶妙なポイントになっています。
 クルマを運転される方は、レーダというと「オービス」や「Nシステム」のように、スピード違反を取り締まるために「いきなり打たれる」イメージがあるかもしれません。実際、相手の都合などお構いなしに測定できるのは、航空レーダでも活用されています。そうでないと、識別不明機(早い話が不法侵入してきた敵機)に対してお手上げになってしまいます。
 しかし、これだけ多くの民間機が空を飛ぶ時代に、全部を地上から目を皿にして見張るのも不可能です。とくに、「遠くまで届く電波を使うと精度は落ちる」という物理法則は打ち破れませんから、レーダ電波の精度で安全を確保しようとすると、よほど幅を持たせてやらなければならなくなり、この空の過密には対処できなくなります。
 そこで、クルマでいえば「外から見て何キロの速度違反」というレーダだけでなく、クルマの運転席にある速度計そのものを外から見られるようにしてしまおうというのが、航空機のATCトランスポンダです。
 航空管制官は、コックピットと同じものを見ることになりますから、「ちょっとぐらいいいや」とごまかそうとしても、管制には丸わかりになってしまいます。
 このATCトランスポンダの機能の一つに、コード番号を設定するというものがあります。通常は管制がそれぞれの航空機に番号を割り振り、管制官の見るレーダ画面にはこのコード番号が表示されて、「さっき○×航空XYZ便に割り振った3456番は、おいおい山に衝突するぞ!」というように一目でわかるようになっています。
 通常の飛行時はこうして「私は何番です」と言いながら飛び、レーダ画面でもずっと見られるようになっていますが、非常時にはコックピットで番号をセットするだけで、「非常事態発生」を知らせることができます。「7500」「7700」がこれで、さっきまで「3456」だったのが「7500」に変わると、即座にレーダに表示が出て、管制室も非常モードに切り替わります。
 この操作はパイロットが手動で行うものですから、いきなり爆発して墜落するようなときには不可能です。
 今回のような空中爆発でも、瞬時に木っ端微塵になるとは限りません。稀なケースではありますが、タイ航空機事故では、機内で乗客が誤って(!)手榴弾を爆発させましたが、パイロットの適切な処置で奇跡的に緊急着陸に成功しています。
 どういう運命になるかは、当然、爆発物の威力(種類と量)、また、広い機内のどこで爆発させるか(機体構造やその機の重量バランス)にも左右されます。
 ですから、一瞬の交信もできずに空中分解しているから自爆テロに違いないと簡単に決め付けることはできません。ロシアの事故では、テレビ報道で事故機の映像が出ていましたが、最初の印象としては予想よりもかたまって落ちていて、バラバラになっていないように見えました。
 もちろん、地上に激突するときにも残骸はさらに砕けますから、事故そのものの破壊プラス落下の衝撃の結果を見ているわけです。今回は見る限り、レーダから消えたときの事故機の高度が報道されていないので、これも不明の要素として残っています。
 どういうことかというと、強力な爆薬を飛行中の機内で爆発させれば、当然木っ端微塵になるでしょうが、爆発の威力がそれほどでなくても高いところから一直線に落ちれば、落ちた残骸はかなり細かくなってしまうでしょう。さらに言えば、高度が高くてもどういう様子で落ちていったかも関係してきます。
 残骸が比較的かたまって落ちていたこと、また現時点で「テロリストが乗客として爆発物を持ち込んだ」とされていることを考えると、爆発物の威力はそれほど強烈ではなかったとも考えられます(持ち込む以上、自動車を使った自爆テロのように大量というのは難しいでしょう)
 さて、今日の報道でちょっと気になるのは、「ボイスレコーダ」の記録で判断している点です。録音する以上、私たちの日常の録音と同じで、マイクで音を拾って最終的にテープなどのメディアに記録します。航空機の場合、テープが回る録音器械のほうを「ボイスレコーダ」と呼んでいます。はっきり言ってしまえば、事故になった以上「テープ」が大事で、マイクなんか回収しようとは思いませんよね。
 このボイスレコーダの「テープ」は、比較的破壊されにくい航空機の後部に設置されています。コックピットは一番前。当然ケーブルでつないであります。
 とすると、救難信号がショートによって出るような破壊であれば、ボイスレコーダが正常、コックピットも正常で「パイロットは最後の一瞬に叫んでいた」としても、両者をつなぐケーブルが切断されてしまって、テープには「無音」しか残っていなかった、という可能性も想像できなくはないのです。
 この事故ではどうも、このあたりのリアルなナマのデータが少なく、「ボイスレコーダに異常はなかった」式のコメント発表だけなのが、隔靴掻痒の感じを覚えます。

 書けば書くほど状況悪化するのは分かっているんですが、「読書感想文」でお越しの方多いですね……。愚劣極まる課題に悩まされている方には同情します。
 論理構成の訓練でもなんでもなく、何の意味もないのに、「感想」を書くことを強要するというのは、ネットの日記サイトのように、自分が好きで感想を書くのとは違って、原稿料でももらわなきゃ割が合わない話です。原稿料もらっても断りたいときだってあるでしょうに、とさえ思います。
 宿題抱えている方は、日本時間31日21時すぎて、ここ見ている場合ではないような気もしますが……。「読書感想文として受けやすい文章」のポイントをいくつか挙げておきましょう。題して「エセ国語にウケる感想文」(笑)。

1.課題図書(本が決め打ちで与えられている)の場合、とにかく誉める
 つねづね書いているように、教育などとカッコつけていても、所詮「こういう人を生産したい」という大人の側の仕様書に過ぎません。
 読書感想文そのものも野蛮な風習ですが、「これを読め」と押し付けてくる課題図書は、まさに「言うとおりにする人を生産したい」という仕様の現れです。
 ですから、課題図書に対して、ツッコミ入れたいところを見つけても、基本的にはスルーして「いい本でした」と締めておくのが無難です。「問題点を発見するように」と言ってくれるような比較的理解のある先生なら別ですが、個々のケースはともかく、ツッコミを歓迎してくれるであろうと出るには、ギャンブルが過ぎるでしょう。
 また、問題点指摘の感想文には、弱点があります。減点主義の悪い面ですが、問題点を指摘するタイプの文章では、自分の文章そのものがツッコミを受けにくいように要塞を固めることが求められます。そうでないと、「こんな生半可な文章で、課題図書に選ばれた名著を批判するとは生意気だ」というような支離滅裂な「教育」の犠牲になってしまいます。本来なら、「よくこれだけ問題点を見つけ出した」と誉めるべきところだと思いますが……現代の仕様はそういう人を求めてはいないようですからね。
 つまり、問題点指摘型は、この31日というドタンバでは、やれるとしても労力がかかって大変だと思います(笑)。
 これが「感動した!」一本槍だと、支離滅裂に書き散らしていても比較的「良い評価」を受けやすいようです。

2.自由選択の場合、刺激の弱い(=つまらない)本を選ぶ
 間違っても、『昭和史 1926−1945』のような題材も文章も刺激的な本を選んではいけません。
 「刺激が強いから有害だ」などと訳のわからないことが力説されるご時世です。当り障りのない、読んでも得るところのまったくないような本を選んでおいたほうが無難です。
 これには、「下手に新知識をひけらかすと、先生が知らないもんだからかえって逆恨み式に減点食らう」という危険も含まれます。
 つまらない本を誉めるのはたいへんなことです。今は亡き映画評論家の淀川長治さんが、「どんな映画でも一ヶ所は誉める」というノルマを自分に課しておられたそうですが、ちょっとこれは難行苦行に近いものがあります。

3.国会答弁風の言い換えも使ってみる
 国会答弁でお役人が「前向きに善処いたします」と言えば、それは「やりません」の意味だ、というのはよく言われていることです。
 これと同じテクニックを駆使して、「つまらない」「難しい」「内容がスッカラカン」などの本来の感想(お役人の「やりません」)を、なんとか言い換えてみる(「前向きに〜」)のも一つの方法です。

(例)
 「つまらない」→正直に言って、最初読んだときに興味を引かれたとはいえなかった。が、繰り返し読むうちに、普段僕が読んでいるような気軽に読める本とは違って、面白さとは違う部分も、読書には必要なのだと気づかされた。
 「難しい」→この本は、漫画のように多くの人が楽しめる娯楽には向かないと思います。きっと、作者もそういう目的で書いたのではなかったと思います。楽ではなくても、読まなければいけない本だと思います。
 「内容がスッカラカン」→斬新な切り口と、予想もしない展開に、ただ驚かされました。とても普通では思いつかない発想に、いままでにない、新鮮な感動を覚えました。


 ここでのポイントは、「どうせいまの学生・生徒はマンガしか読んでないんだろう」と決めつけている老化した先生の見方を見越して、「ハイそうです」とその心理に迎合してあげることです。予測が当たると誰でも喜びますから。
4.論理よりも「読んだアリバイ」を感動に絡めて埋め込んでおく
 論文ではないのですから、起承転結のような構成を考える必要はありませんし、どこかのサイトみたいに挨拶からオチまで考えておく必要もありません。
 「ちゃんと読んだ」という「アリバイ」を求めているだけですから、「Xページで、主人公がどうこうしたときには、この後どうなるかと思いました」「でもYページで、その謎がわかったときには、僕まで嬉しくなりました」というように書いてやれば受けやすいでしょう。
 文庫だと「解説」という便利なものがありますから、これを使うテクニックもよく言われますが、さすがにそこは敵も研究済みで、よほどうまくやらないとバレる危険があります。

 ……あまり参考になりそうもありませんね(笑)。

2004/08/29 さらに倍!

 「ホントは50〜60人ぐらいしか聞かないだろうと思ってたんだけど、桁が違うって」「え、5〜6人?(笑)」(漫才みたいなかけあいのインターネットラジオあたりの挨拶)

 今日は、ひさびさにラジオのネタから。
 先週放送の松来未祐さんと金田朋子さんの番組で……。

(お二人は競技に限らず何なら金メダルがとれますか?というリスナーのメールに)
金田:私結構ね、お菓子のね、値段とかには自信ある。
松来:前も言ってたよね。
金田:私だいたい買い物したときに、値段の感覚が結構あって。お菓子はとくにもう分かってるわけよ。
松来:でもやっぱりそれって、普段すごいたくさん買ってるから、その感覚がさえてる。
(中略)
金田:それでね、お母さんと買い物行ったりとかして、自分でこうやってばーっとお菓子とか入れて、で、お母さんが「あら、もういつの間に」とか言って、「これは、今日そんなにお母さんお金持ってこなかったんだけど」とか言って、「でもね、だいたいこれ3000円ぐらいだから大丈夫だよ、全部で」とか言うと、だいたい2900いくらとかで。結構、うふふ、って感じ。
松来:すごーい。じゃその、お菓子の、なんだっけ、「ぴったり買いましょう」じゃないけど、そういうのだったら。
金田:結構できる。
松来:そういうのだったら優勝しそう。
金田:出たいなあ、そういうのがあったら。
二人:やりたいね。
金田:ぴったりカンカン賞みたいな奴でしょう?
松来:なんかそんな感じ?

 えーと、お二人がイメージしてる番組はなんとなく同じ画面が浮かんでくるような(笑)。セリフは「10万円、7万円、5万円、運命の分かれ道!」 で合ってますか?
 ……と、あれれれ、年齢不詳(諸説あるらしいです)の金田朋子さんはともかく、松来未祐さんはこの番組放映当時生まれてないかも(笑)。  この「がっちり買いまショウ」より後になる「ズバリ当てましょう」のほうかしら。奥さんの体重の分だけ商品がもらえる別の番組もありましたけど、あれ何でしたっけ(笑)。
 「ぴったしカンカン」が出てきてるあたりで、判断微妙ですね。あれも随分前の番組のはずですし……。
 まあ、どれにしたって前世紀の番組ですけれど(当たり前です)


 昨日は、なんだか突発的に、クラシック、それもピアノ・ソナタを聞いてぼーっとしたくなって、その辺に転がってた(文字通り)CDを再生してました。
 えらく昔に買ったもので、しかも全然注意を払わずに放置してたというあたりで、オーディオファンからは怒鳴られるような気がしますが……。
 しばらく聞いていなかったベートーベンのピアノ・ソナタ「悲愴」「月光」、テンポの変化もあって、でも耳につくこともなくて、何も考えずにリラックスして聴いていました。これがワーグナーだったり、あるいはベートーベンでも協奏曲や交響曲だったりすると、リラックスとは違う方向に行ってしまうような気がします、個人的感覚としては(笑)。
 で、この機会にクラシック音楽CDを買ってみようかなあと、Amazonさんで衝動買い……に行こうとしましたが、そういえば演奏者は?という問題に直面。「聴き比べ」をするほどハマったことがないので、未知の領域ですから。
 結局、「バックハウス/ベートーヴェン:四大ピアノ・ソナタ集」を注文してみました。
 注文を終わってから、さっきまでそこに転がっていた聴いていた手元のCDをよくよく見ると、演奏が「Wilhem Kempff」(ヴィルヘルム・ケンプ)
 ……おそらく当時何もわからずに、店頭にあったのを買っただけです(苦笑)。
 神経を休めるために聴くには、かえって専門的なことは意識しないほうがラクなのかもしれません(笑)。
 明日あたり届いたら、聴き比べをしてしまってまた違う脳の部位に働いてもらうことになるのかしら、なんて不安もありますが……。
 しかし、「癒し」などの「効能」を全面に打ち出してこられると、それには強い違和感を覚えます。聴き方楽しみ方は人それぞれなのは言うまでもないことで、「癒し」目的で音楽を聴くこともあるでしょうが、製作・販売の側がそれを看板に掲げてくるのはどうも違うように思われます。


>はるかさん (08/28)
> 日本人の時間にも「終わり」はないので、流しそうめんと言ってもさっきの川下りと違ってゴールはありません。永遠にながーい竹筒をすべり続けるので、一生懸命「櫂を漕ぐ」ということもあんまりにゃい。のんびりしています。
(中略)
> はるかは、この「流しそうめん」ののどかさが好きなので、このシステムがさっきの例えに比べてけっして劣ったシステムだとは思いません。もちろん、弱点も万歳だとは思いますけれど……

 社会問題の視点から見ても、この「流しそうめん」のたとえは非常に分かりやすいですね。
 1本1本の「そうめん」は、まさに流されるままで、行く先については想像もしないし、「漕ぐ」わけではないですから、どっちへ行こうかとは考えもしません。まるで、みんなと同じように流れることだけに意味があるかのようです。
 私なんかのネガティブ論は、昨今の「流れ方」見てると、この「流しそうめん」、竹筒の先はドブへ直行なのでは、と見てしまうものです。
 それと、支えている「竹筒」が案外弱くて、「そうめん」の重みでたわむこともあって、何かの拍子で「そうめん」が右側に集まってしまうと、そっち側に重心が移って竹筒そのものが曲がったりひっくり返ったりしてしまう(片方の窓側に乗客が集まったら列車が転覆したという鉄道事始のイメージ)
 しかも、たわんで水がよどんで、腐りかけてきても「そうめん」は自分では気づきもしないし、自分のせいでそうなったという反省もしない。竹筒がひっくり返ってしまって、地べたんに放り出されればそこではじめて気づきますが、そのときに自分が重心動かしたからでは、などと「そうめん」は考えないんですね。
 また、少し固ゆでのそうめんが、「このまま先進んで大丈夫だろうか?」と立ち止まると、大勢の「そうめん」が「退け」と邪魔者扱いしたりもします。いっそ別の竹筒に移れればまだ救いがあるんでしょうが、それも許さないで、この狭い竹筒で同じように流れることを強要する。こうなってくると、もう竹筒の全長からいっても最後のほうで、もうちょっとで汚水溜め、という地点でしょうけれど。
 ……普段よりもやや辛口なのは、もしかしたら「コントレックス」(水)なんか飲みながら書いたからかも(笑)。
 大急ぎで補足すると、食べ物のそうめんに恨みがあるわけではありません。この夏もずいぶん食べてますから(笑)。
 ……ただし、ゆで加減が好みに合わないと損した気分になるので、自分の分だけその都度ゆでて食べるので、流してはいないですね(笑)。


 ちょっとリファラ見たら、「読書感想文 例文」でお越しになった方が……。締め切り提出日が迫って、必死で探していらっしゃるのかしら(笑)。
 400字詰で5枚、つまり2000字ぐらいなら、2〜3種類でっち上げで書こうと思えば書けますし、前から書いているように、あんなくだらない悪習で読書ギライになっちゃうぐらいなら、何も好きになれそうな本をわざわざ嫌いになるよりは、どこからかコピー&ペーストで提出しちゃったほうがいいんじゃないかとさえ思いますが……。
 しかし、いくら根絶すべき無意味な宿題・課題であっても、だからといって不正行為を積極的にお勧めするわけにはいきませんから、申し訳ないですけどウチでは例文は置かないことにします(笑)。

 ……と、ここで思い出したんですが……


>はるかさん (08/23)
>  保坂効果?フジ「…人生ダメだし道場2」高視聴率(サンケイスポーツ)
> 細木数子さん、最近はまた随分ブイブイテレビに出てらっしゃるようですねぇ。
> (まあ、コレについての視聴率は離婚話があったからが大きいのでしょうけれど。それにしても「あんたは地獄に落ちる!!」ってまた随分なセリフよね……)
 安くてくだらなくて嫌いになっても実害がないと三拍子揃った、読書感想文にピッタリな本がありました!(笑) (注:この最大の落とし穴は、「間違って好きになったときの実害」の問題です)
 ウチなんかは、前にラジオのネタで出てきたときに、「ホソギ・カズコ」とカタカナで書いたら「事故機の乗客名簿」になっちゃうからボツ、というぐらい固有名詞が分からない、縁遠い世界ですが……。
 しかし、それはさておき、「地獄に落ちる」とか、あとは宗教系の「無縁仏になりますよ」とか、ムチャクチャな脅し文句がいろいろ言われるようですが、根っからの科学信仰でしかも過激派の私なんかは、「で?」と聞き返しそうになります。
 それでもなおしつこく、「地獄、地獄」と連呼されると、『ルバイヤート』の一節で返り討ちにしたくもなります。

エデンの園が天女の顔でたのしいなら、
おれの心は葡萄の液でたのしいのだ。
現物をとれ、あの世の約束に手を出すな、
遠くきく太鼓はすべて音がよいのだ。
(第90歌)

法官よ、マギイの酒にこれほど酔っても
おれの心はなおたしかだよ、君よりも。
君は人の血、おれは葡萄の血汐を吸う、
吸血の罪はどちらか、裁けよ。
(第85歌)

 「地獄」を強調するイスラムの土台があってこれですから、まして急ごしらえの取ってつけた「地獄」連呼屋さんには、この第85歌の問いかけは適切だと思います。

2004/08/24 とらふぐの姿煮

 お米の国の人だから(確か子どもの不祥事で降ろされた女優さんのCFあたりの挨拶)

 「オリンピック特需で平面テレビが売れる分、日本国内の観光客が減りそうだ」という懸念が洒落にならなくなってきた、とはBSニュース「経済最前線」の指摘でしたが、その番組もオリンピックで塗りつぶされて夏休み状態、皆様いかがお過ごしでしょうか。
 ウチは教育の語学番組だとか放送大学だとか、なんだかどんどん遠くなっていくんですけれど……。
 まあ、フランス「F2」ニュースもアメリカ「ABC」ナイトニュースも、オリンピック関連じゃんじゃん流してますから、関心が薄いほうが少数派なのは致し方ないかも……。欧米は基本的に夏休みでしょうし、その他で熱くなっているのは原油・先物ぐらいじゃないかと(苦笑)。
 ABCテレビが「オリンピック関連ですが、聞きたくない方はボリュームを下げてください」と前置きしていたのは、今回ボロ負けに近い(?)からでしょうか……(笑)。
 まるっきり興味もないままスルーしているので、何がどうなっているのか縁遠いんですけれど、ちらちらとテレビを見てたら「これまでで日本のメダルが最も多かったのは1984年のロス五輪で……」と言っていましたが、それは「ちょっと待った」
 あのときは、当時メチャメチャ強かった東側諸国が全部ボイコットしてたじゃないですか、そんなムチャなデータ持ってくるのは反則だろう、と思いましたが、考えてみると、いまオリンピック報道に関わっている若い人の中には、もうモスクワ大会(1980年)の西側ボイコットや、それへの報復での1984年ロス大会東側ボイコットを知らない世代も増えているんですね。
 その、「ボイコット合戦」のきっかけになったのが、ソ連のアフガニスタン軍事侵攻だったんですが、このときアフガニスタンの地元「抵抗勢力」を西側が支援、あろうことかイスラム過激派にまで武器を供与してしまいます。いまや世界のお尋ね者、どうにも手の打ちようがないほどの化け物に育ったオサマ・ビン・ラディン氏は、このときアメリカの支援を受けています。
 しかし1980年代に入る頃には、ソ連は経済的に行き詰まりを見せはじめていました。長期政権だったブレジネフの死去後、比較的改革派でKGB出身のアンドロポフが政権につきますが、改革に着手する間もなく死去、チェルネンコも短命で、ついで登場したのがゴルバチョフでした。
 すでに教科書にも出てくる「ペレストロイカ」(建て直し)と「グラースノスチ」(情報公開)に代表される改革路線ですが、当時のソ連ウォッチャーに言わせると「新思考外交」(「ノーボエ・ムイシレーニエ」Новое мышление=英語では文字通りNew Thinking)も注目点でした。アメリカとの関係改善、とくにこれまた教科書にも出てくるレーガン・ゴルバチョフ会談での核兵器削減交渉などがありましたが、この新思考外交の流れで、アフガニスタンからのソ連軍撤退がありました。
 オリンピックで言えば、ちょうど1988年のソウル大会が、東西両側が揃った再スタートのときでした。ところがこれも長くは続かず、1992年のバルセロナ大会の前に、「ソ連邦」が消滅してしまいます。
 「ソビエト連邦」が持たないなら、条約による主権共和国連邦「ス連」と枠組みをしなおそうとという試みもなされましたが、保守派によるクーデターとその失敗でゴルバチョフ政権そのものが力を失い、構想のままで崩壊します。
 しかも、1991年のイラクによるクウェート侵略を契機にした湾岸危機とそれにつづく湾岸戦争で、アメリカ軍がサウジアラビアに駐留したことで、イスラム過激派がアメリカに敵対することになって……。
 ……いつの間にか、オリンピック関係なくなっちゃいました(苦笑)。


>少弐さん(魂の売れ残り 08/22)
>■ [映画感想] 182 8/21 『華氏911』 (映画館/04年米/マイケル・ムーア監督)
>この辺について日本の有識者(…)連中が“そんなコト全部知っとりますよ”みたいな発言をカマしていたようですが、こんなコトをイチイチ知ってるのは日々の生活に追われてないヒマ人だけですってば。

 ……あう(笑)。ヒマ人と言われてしまうと立場がないです(苦笑)。
 いつも映画は見たいと思いながらも結局まとまった時間がとれずに過ぎて、ビデオ視聴になってしまうんですが(『JFK』もそうでした)、今回もそうなりそうな予感がする、といえばお分かりのように、この映画は未見です。
 ただ、確かに紹介エピソードをあちこちで見ると、「そんなコト……」と言いたくなるような感覚もないわけではありませんが、実はここで問題なのは、「日本の自称“有識者”の成り上がり意識」みたいなものだと思います。
 つまり、「とっくに知ってますよ」とコメントするなら、なんでその前にあなたが発言して指摘してないんですか、コメンテーターというのは「知らせる」役目があるでしょう、という問題です。「自分が知っている」だけで満足してしまって、警告を発するとか事実をきちんと指摘するという作業を忘れてしまっているのは大問題です。
 かつての田中角栄の金脈問題でも、政治部記者が「何を今更、あんなことはとっくに……」と言っていたようですが、馴れ合いの居心地のよい環境にいて、知っている事実を「自分は知ってます」と言い放つだけで伝えもせずに平気でいられるのは、「ブッシュ政権」以上に不思議の国としか評しようがありません。
 このあたり、同じ「朝駆け」でも、挨拶回りだけして「談話」頂戴してくるのと、家の前のゴミ箱をあさってネタになる紙くずがないか探す記者とでは、えらい差があるものだと思います。
 それはともかく、「ブッシュ大統領と現代アメリカ」については、前にも紹介しましたが、『不思議の国のブッシュ』が分かりやすくてお勧めです。
 ……とは言ってみたものの、おとなしくオリンピック見てればいいのにロイター電追っかけたりしてるのはヒマ人だと言われても仕方ないですか(笑)。


>春歌(WS)ちゃん(8月23日)
> 『最後の公演』を何回も行った場合、『近所の布団屋の店じまいセールがここ2,3年ほど続いてる』的ななんだかなぁ感を感じてしまいます。
 ええ、それはありますけど、「どうせ今度も……」と高をくくっていると、本当に店じまいだったりすることもありますね。
 「改装とか移転とかじゃなくって?」「ウソ偽りなく本気で閉店です」と、感じ悪いやり取りを何度かしたことが……(苦笑)。
 まあキレイな表現で言えば「一期一会」で、毎回これが最後と思って接するのもひとつの方法かもしれません。
 「私は旅に出る時、この道を二度と戻らないのではないかといつも考えるが……」 という名ゼリフがあったなあ……って、よくよく思い出してみたら、サハフ情報相がアブダビに登場したときの発言でした(笑)。

2004/08/21 利率を知らない子どもたち

 ♪戦争を知らずに〜ぼくらは育った♯(ウチにしてみるとそれでも比較的最近のナツメロあたりの挨拶)

 「どの」戦争を知らないのかでも随分違いますよねえ、と思っていましたが、昨今では「湾岸戦争を知らない」世代がすでに有権者になっているのに気づいて、ちょっと愕然としてみたり……「1991年当時7歳」でも今年ハタチなんですよね、考えてみると。
 ……いきなりなんなんだとお思いでしょうが、先週更新分の「D→A Dream Radio」、やっぱり何度聞きなおしても、松来未祐さんの「利息で生活」願望にほのぼの感が……(笑)。
 いまや叩かなければ損みたいになっている「郵貯」、「定額貯金」に10年預ければほとんど2倍、という時代がありましたが、その当時によくある「強制的おこづかい貯金」させられていたのかしら、などと……。
 まあ、路線的に「今日のドル円はFRBがこうなったのでいくらいくらです」と即答できると、かえって萌えないような気もしますが(笑)。

 それにしても、と思うのは、これだけカネカネカネの世の中で、一歩社会に出ればゼニカネ抜きでは話も進まないような世知辛い状況にありながら、子どもに対してはとくにそうですが、「世知辛い話」をしないのが美徳のように虚勢を張っているのは不思議な感じがします。
 「世間知らずの深窓のお嬢様萌え」ならともかく、そういう特殊要因でなくても、ゼニカネうるさいと敬遠されてしまうのは、なにか後ろ暗いところでもあるんですか、とさえ思ってしまいます。


 それはそれとして、オリンピック一色で塗りつぶされてしまってほとんど見る番組がない今日この頃ですが、今日は見逃せないのが一つ。備忘録的にメモ(笑)。

8/21(土) 19:30 >> 22:35 BS2 映画「スパイ・ゾルゲ」

 昨日はドキュメンタリーの再放送でしたが、今日は映画の放送です。
 ちょうど岩波文庫の帯に入っていて、見てみたいと思っていたところなので個人的にはラッキーです(笑)。
 ……でもサムライと違って「ゾルゲ・ブーム」は起きないんでしょうねえ、きっと(苦笑)。

2004/08/18 「読んではいけない」夏の11冊

 わたしは英語をある程度知っていたので、たいへん有利だった(ナポレオン皇帝陛下に忠誠を誓って活躍した老将あたりの挨拶)

 ……とはいうものの、これ小説ですから、念のため(笑)。

 8月もあっという間に過ぎてしまって……それも、慣用表現の「あっという間」よりも、「『あっ』と言う間」と若干ずれたアクセントで発音したほうが実感に近いぐらいです。
 文字ではコレ分かりにくいので、『NHK日本語発音アクセント辞典』(効果音:♪ちゃららっちゃらー)

 ¬         ――――――
 アットユーマニ、アットユーマニ あっという間に
  ――¬
 アットホーム at home
(―は高く発音、¬は次が下がる)

って、これで見るとどっちもOKになってますが(笑)、前者だと「あっ」が高くなる(強調するなら一拍おく)ので、「あっと驚く」などと同じようになりますし、後者だと後ろが上がる(さらに言えば「ユ」が強く発音される)ようになります。
 ……なにかと時間が短く感じられる昨今、原因のひとつはこんなものまでいちいち首突っ込むからだという声も聞こえてきそうな予感(笑)。

 夏休み企画と題して、お勧めの書籍リスト、なんていうのを昨年やりましたが、今年は縮小版で……。
 リストアップして「絶版になってないか」チェックするのに、案外時間かかるんですよ(笑)。
 ところで標題の「読んではいけない」ですが、これは条件付で、正確には『読書感想文を書く目的では「読んではいけない」』です。
 つまり、義務的にムリヤリ読まされてキライになるのと大損することになるので、それなら読まないで積んでおいてもらって、読書感想文なんかは当り障りのないどうでもいい本で済ませちゃってください、と言いたいのです。
 だいたい、無理強いされて面白いものなんて、そう世の中に数多くあるとは思えません。「読書感想文」が読書嫌いを助長している、という丸谷才一さんの主張、記憶が確かなら『桜もさよならも日本語』にあったと思いますが、世紀も変わっているのに、いまだに頭の悪い話が横行しているのは悲しい限りです。

 ……また話が横に行ってしまいそうなので(笑)、ここではるかさんとこに倣って、留守番役に書籍紹介を頼んでみようかと……。

Good evening. It is...
……サヨナラ
 英語についてとやかく言うと、どんなエセ外国語が飛び出してくるか分かったものじゃないので、オリンピック一色でワールドニュースが全滅しているBS1同様スイッチごと切っておくことにしました(笑)。

 結局、今年は少なくなってしまいましたし、また昨年のように「絶版になってない、入手可能なもの」というチェックも外しました。「古本屋さんなどで探してみてください」と逃げることにします(汗)。

2004/08/14 Sue first and talk later

 僕の個人的意見としてはアームストロング博士と意見がおなじでね、フットボールなんか眼中にないよ。(「失踪」したスポーツ選手を探す探偵さんあたりの挨拶)

 春歌ちゃんには申し訳ないんですけれど、正直プロ野球って、「中継が押すと、録画予約の特集番組が……ラジオ番組が……」という脅威に近いイメージしかなかったりします(苦笑)。
 とくに、「(番組名)は日を改めて放送します」の特集番組はともかく、押してしまうと「私たちの苦労も結構潰された日があった」(=桑谷夏子さんの発言)ラジオ番組にとっては、ねえ(笑)。
 一連の話を聞いているだけで、「筋の通らない話」への憤りや反発は分からないではないんですが、何しろイラクより遠い異世界の話のようで、どうも実感がわかないところがあります。
 とはいうものの……。


<巨人>渡辺オーナーが辞任 明大・一場投手に裏金【毎日新聞 /Yahoo】
 プロ野球、読売巨人軍は13日、東京都内で記者会見を開き、今秋のドラフトで、自由獲得枠での獲得を目指していた明大・一場靖弘投手(22)に対し、昨年12月末から今年7月まで、交通費などを含め計200万円を渡していたと公表し、渡辺恒雄オーナー(78)=読売新聞グループ本社会長=の辞任を発表した。
(中略)
 不正は、外部からの告発を受けて調査を行った結果、明らかになったという。渡辺オーナーは金銭の授受を知らなかったというが、「道義的責任を感じる」と同日の球団臨時株主総会、取締役会で辞任を申し出て、了承された。後任には滝鼻卓雄・読売新聞東京本社社長(65)が就任した。渡辺氏は読売新聞グループ本社の会長などの役職は続ける。
(中略)
[8月14日0時27分更新]
 そこが問題で、こちらは「関心がない」と澄ましてはいられない話です。
 カネに関わる問題を起こしておいて、社会の木鐸たる新聞メディアのトップに居座るというのは、これは見過ごしていい話ではないはずです。
 片手間と言ってしまうと、春歌ちゃんはじめファンの方には怒られるでしょうが、やはり本業の新聞メディアと比べれば、球団のオーナー業は副業だと思います。
 そっちで社会的に問題となる行為をやっておいて、副業はやめますけど本業はつづけます、というのは納得がいかない。不謹慎なたとえですが、日曜日の休みに酔払い運転で事故起こした学校の先生が、問題となった自動車の運転はやめたけど学校の先生は続けるというような、本当にそれでいいの? と聞きたくなる部分がありますね。
 関心がない分野についてはまさに好き好きでしょうけれど、社会に大きな影響を与えるマスメディアの仕事については、そう無関心ではいられません。
 当事者の読売新聞はさておき、他の在東京日本語メディア各社までが、「オーナー辞任」ばかり中心に取り上げていて、こちらは添え物程度に触れるだけで済ませているのも不可思議です。
 だいたい、これ「スポーツ」扱いでいいのかどうか、選手個人が問題を起こした「コビー・ブライアント事件」(参考:今日のロイター電Kobe Bryant's Lawyers Say No to Delay in Trial)とは訳が違うはずですが……。
 IOC役員の買収疑惑を追跡したBBCの特集は見事なものでしたが、ああいう「調査報道」を見てしまうと、彼我の格差に歴然としてしまうのは、私だけでしょうか。事はひとつのスポーツに限る問題ではなくて、メディアの健全性についての重大な問題を抱えているように見えるのは、杞憂なのでしょうか。


 話は180度変わって……。
 今週の「D→A Dream Radio」
 「宝くじ」から利率の話へ展開するところがさすがというか何と言うか(笑)。
 挙句、「胸」の話に……。思わず先日の新聞記事を思い出しました。


「冬ソナを 勝負下着で……」 トリンプ下着川柳入選作 【朝日】
 「冬ソナを 勝負下着で 見てる母」――女性下着メーカーのトリンプ・インターナショナル・ジャパンが11日発表した「インナーウエアにまつわる川柳」の入選作は、大ヒットしている韓国ドラマ「冬のソナタ」など世相を反映した作品が多く登場した。
 年金未納問題を題材にした作品は「はいってる 私はパッドも 年金も」と皮肉をまじえて詠んだ。ほかにも「負け犬が つけてリベンジ 勝負ブラ」「AAA 金融ならば 最優良」「その胸は 寄せ寄せ詐欺と 彼の弁」などユーモアたっぷりの作品がそろった。
 今年で7回目となる恒例のコンテストで、1万5508句の応募作から入選作14句を選んだ。 (08/11 20:11)

 えーと(笑)。
 「AAA……」は、昨今の萌えトレンド(……って、「トレンド」も死語?)では、あながち的外れではないんじゃないかという気もしますが……。おそらく需要の傾向(生々しいなぁ)からすれば、「C以降 こっちの世界も不適格」と強く主張したい人も多そうでしょうし、どんなもんでしょうか(笑)。
 ところでこれの読み、5・7・5としては「とりぷるえー」でも「えーえーえー」でもどちらでも成り立ちますが、振り仮名欲しかったかもしれません。
 というわけで、最近飛ぶ鳥を落とす勢いの松来未祐さんには、「トリプルA……」の一句を贈りたいと思います。……って怒られるかしら(笑)。

 ところで、「宝くじ3億円当たったら、この仕事不安定だから老後に備えて貯金!」と断言する桑谷夏子さんの切れ味は変わっていませんが、「3億円貯金すれば利子が……」と夢を抱いてしまう松来未祐さんの柔らかさも変わっていませんね(笑)。
 3億円の使い道、個人的には、ペイオフもさることながら、預金封鎖のおそれもあり、何よりも「円」が紙キレになる危険性(アメリカの財政赤字が破綻すれば、米国債を買っている日本の外貨準備は危機的状況に陥るでしょう)があることも考えると、スイスあたりにプライベートバンク作って退避させておくことも考えたいところです。もっとも、そんな心配するほど資産ないですけれど(苦笑)。
 ただ、「スギハラのビザ」のような亡命の必要が生じたとき、多くのケースで「所持金があるか、あるいは滞在先に保証人がいるかどうか」というチェックが入っていますから、「いざというときの備え」として、多少の預貯金を国外の金融機関(=日本国の手の及ばない場所)に置いておくのは、いまや妄想の話ではなくなってきているかもしれません。
 日本の金融機関で「外貨預金」をしても、ここで想定している非常時には何の役にも立ちません。外貨預金よりも面倒ですから、「そこまでしなくても」という人も多いとは思いますが……。「リスクヘッジ」のリスクのなかに、「この島国があらぬ方向に暴走して逃げ出す羽目になるリスク」も含めるかどうか、ここまで悲観的になるのは少数派かもしれませんね。

2004/08/11 ドレミ

 「韓国の人に生まれてれば、(ハングルは)別に苦にはなんないと思うよ……(笑)」 (ゲストの金田朋子さんに振り回されまくったアドバイザーさんあたりの挨拶)

 ハングルについて、「子音の記号と母音の記号を覚えちゃえば読めるのね」と一生懸命説明する松来未祐さんも大変そうでしたけど(笑)。
 もっとも、「アラビア語の文字が分からない」で一致を見てしまうのは、国連公用語に入ってるのに、ちょっと寂しい気もします。アラビア語もアルファベットなんですよ、と一応PRを(笑)。
 発音が難しいという点では、ハングルを母語とする人から見ると日本語の濁音が難しいとも言われます(言葉の最初には濁音が来ないという特性があるそうです)し、フランス語のリエゾン(前に来る言葉が子音で終わるとき、続く母音とくっついて発音される現象。例:セイントSaintにつづく固有名詞の子音がくっついた「サン・テグジュペリ」さん)なんか、はるかに難しいような気もしますが……。
 といって、何でもかんでも国際音声字母で表記すれば、それは確かに表記はできるでしょうけれど(そのために作った記号ですからね)、だからといってその言葉ができるようになるわけではないのが悲しいところです(笑)。
 そう考えると、必要は発明の母とはいうものの、はるばる布教に来て聞き取った日本語をローマ字で表記して、ポルトガル語の説明をつけた「日葡辞書」は、ホントにたいへんな仕事だったと改めて思いますね。


>詩子さん (08/07)
>前のケータイで着メロを一生懸命打ってたのが嘘みたいだったり。
>これでDC版「Kanon」から抽出した「朝だよ〜、朝ごはん食べてガッコ行くよ〜」をアラームにセットしたり、嫌いな相手からの着信音に大空寺あゆ様のありがたい悪態の数々をセットすることも可能。

 「ABC News NIGHTLINE」のオープニングテーマなんか目覚ましにいいかも、と思って、手元で試してみましたが……。
 定時に普通に起きるときでも、叩き起こされるような目覚めになりそうなので、却下しました(笑)。
 話違いますが、逆に「ニュース速報」のときに起こしてほしいというのもあって、「番組のお知らせ」のメロディ(「番組のお知らせです」のナレーションのバックに流れるアレ)を識別してスイッチが入るテレビとか作れないかと……無理かしら(笑)。
 「緊急警戒放送」といって、災害時にNHKから出される信号を受信してテレビやラジオの電源をオンにするシステムは実際にありますが、そこまでする必要はちょっと……。そういう事態のときは、おそらくとっくに叩き起こされてるような気もしますし(苦笑)。

2004/08/10 死霊がいっぱい!?

 犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる。 (刑事訴訟法第230条あたりの挨拶)

 って、今日の挨拶は、

 仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。(民事保全法第23条第2項あたりの挨拶)

と、どっちにしようか迷ったんですが……(笑)。

 民事保全法の仮処分命令には2通りあって、ひとつは「問題のモノを事情を知らない人に売り飛ばされちゃうと、取り戻せなくなるから止めといて」というもの(係争物に関する仮処分命令)、もうひとつが「判決が確定するまで待っていたら取り返しがつかないから、とにかく現状を守ってくれ」というもの(仮の地位を定める仮処分命令)です。
 たとえば、土地の境界をめぐってトラブルになったとしましょう。……なんだか昨今の情勢では危ない例ですけど(苦笑)。
 トラブルの種になっている土地を、他人に売り飛ばされてしまうと、買った人にとっては「そんな話聞いてない!」ということになりますし、「返せ」と主張していた側にとっては面倒な事態になります。
 土地ならまだしも、建物など形のあるもので「えーい面倒だ、あんな奴に渡すぐらいなら壊してしまえ」とやられてしまうと、消滅したものを取り返すわけにはいきませんから、これもたいへん面倒です。
 そこで、「とにかくこれから裁判で争うんだから、それまで売るな!壊すな!指触れるな!」とクギを刺しておくのが、「係争物に関する仮処分命令」で、裁判所が必要と判断すれば、「実際にどっちのモノかは後で判断するとして、とりあえず触らないように」という命令を出します。
 一方、たとえばセクハラ被害を会社で問題にしたら、セクハラの犯人の上司が逆ギレして、被害者がクビにされたというような事件では、当然「あんな解雇無効だ、元の職に戻せ、損害も賠償せよ」と訴えて決着をつける必要はありますが、決着がつくまで無職で放置しておくのも被害者にとって酷に過ぎます。
 そのために、「白黒つけばともかく、それまで解雇はなかったことにしときなさい」と命じるのが、「仮の地位を定める仮処分命令」です。
 このうち、前者はとにかくモメゴトに関係するモノについての話ですから、そんなに珍しくもない案件で、参考書にもいくらでも例が出ています。言ってみれば吊るしの洋服みたいなものです。
 ところが後者は、「仮に」つまり暫定的に「どうこうせよ」というだけで、中身はなんでも入るようなものですから、雇用問題などがとくに多いとは言っても、パターンが多すぎて、オーダーメイドで作っていくしかありません。
 最近ではUFJ銀行の合併問題でも出てきましたが、その前に週刊誌の販売を差し止めちゃったケースもありました。こういうのはパターン化できるものではありませんから、ケースごとにプロの先生が(って、アマチュアが商売でやったら弁護士法違反です)構成を考えて、裁判所に認めさせるように準備するしかありません。
 比較的小さい金額で、しかも「カネ払え」だけの話なら、「少額訴訟」制度もあります。こちらは、シロウトがトラブルにあって、自力で解決したいときに裁判がハードルになってはいけない、という趣旨で作られたものですから、裁判所に用意してある用紙に必要事項を埋めていけば、立派な「訴状」ができるようになっています。「サイズ」に限界があることも考えると、洋服で言えばフリーサイズのTシャツみたいなイメージでしょうか。

 ところで冒頭の挨拶、こちらは民事ではなくて刑事の問題です。
 これ、とくに著作権法の場合は「侵害したら賠償しなさい」という民事の規定と、「侵害そのものが犯罪だ」という刑事の規定と両方あるので、とかく混ぜこぜにしやすいところですが、通常の犯罪事件で考えれば分かりやすいでしょう。
 たとえば、債権回収サギに引っかかってカネ払っちゃったとしましょう。詐欺事件ですから、「犯人を処罰してくれ」と訴えることができますが、これは刑事事件です。一方で、「犯人の処罰は別として、とにかく払ったカネ返せ」というのもあるでしょうが、こちらは民事事件になります。
 著作権侵害の場合、「侵害したこと」について、カネは問題じゃないから相手を処罰してくれ、早い話が刑務所ぶち込んでくれ、というのは刑事事件の話です。逆に、処罰はともかく、数億円の被害が出たんだからカネ払え、というのは民事事件です。
 刑事事件は、これまでも何度か触れましたが、警察(と検察)が捜査したうえで、処罰する必要があると検察官が判断したとき、はじめて裁判所に持ち込まれます。それまでも「逮捕」「家宅捜索」などがあって、それ自体が処罰のように勘違いされますが、逮捕や家宅捜索は、犯罪があったかどうか、またどんな犯罪が行われたのかを調べるための「捜査」にすぎません。「在宅で起訴」という報道もあるように、犯罪の証拠を隠滅する危険もなく、逃げも隠れもしない犯人なら、それでもいいわけです。「逮捕」は、処罰ではないのです。
 そうやって証拠を揃えて、しかもこれは処罰する必要があると検察官が判断したとき、はじめて刑事裁判にのせられて、「被疑者」から「被告人」になります(日本語マスメディアでは、この二つを慣習的に「容疑者」「被告」と呼んでいますが、本来の意味では不正確です)
 この「処罰すべきかどうか、裁判所に持ち込む」ことを公訴提起(起訴)といい、これは日本では検察官のみができることになっています。言い換えれば、どんな重大犯罪であっても、検察官が証拠不十分だと考えたり、処罰する必要がないと判断すれば、起訴そのものがなされませんから、被害者がどんなに泣き喚いても処罰は不可能です。
(例外として、「もう一度考え直してみてはどうですか?」という検察審査会の制度と、いくらなんでも検察官の判断はおかしすぎるという場合に、「起訴すべきかどうか」を裁判所に判断してもらう「付審判請求」があります)
 民事事件は、どんなに突拍子もない内容であっても、とにかく自力で裁判所に持ち込むことができます。非合法な訴え(例:Aに対し「Bを殺害せよ」という判決を求める)など話にならない内容なら門前払いされますが、それでも一度は読んでもらえます。
 刑事事件の場合はそうはいきません。それは、逆の立場になって考えれば分かることで、いくら判決までは「無罪の推定」があるとはいっても、そうカンタンに「被告人」にされたんでは、たまったものではありません。現行の日本の司法制度では、ここを国家の代表としての検察官に委ねてコントロールしているわけです。
 なお、昨今話題になる陪審制度のうち、アメリカの「大陪審」制度は、ここの部分を市民の代表である陪審員がコントロールするものです。大陪審は、よく誤解されるような「有罪か無罪か」ではなく、「起訴すべきかどうか」を判断するものです。起訴した結果、有罪になるか無罪になるか、有罪なら懲役にするのか、などはまったく別の話で、入り口のところで起訴するかどうかを判断します。

 さて、起訴が検察官の判断によるとはいっても、その手前で、「犯罪があったから捜査して処罰してくれ」と被害者が叫び声をあげないと分からないことも多々あります。
 もちろん、身元不明の死体のように、被害者は何も言わない(言えない)事件も多く、こういう場合は警察が動いて捜査が開始されます。
 このような、被害者が、(起訴まで行けるかどうかは別として)「捜査してくれ」というのを、「告訴」と言います。さっきの「起訴」と混同しがちですが、「告訴」は捜査をはじめてほしいと被害者が捜査機関(司法警察職員)に訴え出るもので、裁判所に持っていくものではありません。
 また、被害者が沈黙していたり(殺害されて身寄りもなければ叫びようがありません)、被害者が一見いない犯罪(賭博や汚職など)もあります。こういう場合、被害者でなくても見て見ぬふりができなければ、「犯罪があったので捜査してほしい」と訴え出ることができます。これを「告発」といい、被害者みずからが捜査を求める「告訴」と区別しています。

刑事訴訟法 第239条(告発)
 何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。
2 官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。


 ただし、犯罪の性質上、被害者が訴えない限り捜査も開始しないほうがよいというものもあります。名誉毀損などが典型で、余計ないらぬお節介をされると被害者がさらに迷惑することもあります。こうした犯罪については、その犯罪を罰する法律に「告訴がなければ公訴を提起することができない」などと明記されています。「親告罪」と呼んでいます。

 ……って、毎年夏になると法律の話題取り上げているような気がしますが、なんでこうなるんでしょうか(笑)。


>春歌(WS)ちゃん(8月10日)
>この間ネットランナーを立ち読みしていたのですが。
> 鈴凛ちゃん、載ってましたわよv

> ネットランナーの記事掲載に関してはふたば☆ちゃんねる住人に疎まれたり「ネットランナーお断り」を表明するサイトの記事の無断転載などあまり評判が良くないらしいですけど。

> あの…やっぱり無断転載でしたか?(;´Д`)
 思いっきり無断ですっ!
 今日(日本時間10日夕方)、仮眠をとっていたら、なにやら嫌な夢見で目が覚めたんですが……これは虫の知らせとはいわないか(苦笑)。

 今日の挨拶、よっぽど、

1 被告は、別紙物件目録記載の出版物の印刷、出版、販売又は頒布をしてはならない。
2 被告は、原告に対し、金○○○万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言を求める。
(訴状の決まり文句「請求の趣旨」あたりの挨拶)


にしてやろうかと思いましたけど、あまりに大人げないのと金額算定がメンドウなんで、とりあえず保留しちゃいました(苦笑)。
……こんな1ブロックに及ぶ「挨拶」もあったもんじゃないけど(笑)。
 ついでに書いておくと、民事訴訟では、「払え」「販売するな」と先にケンカを吹っかけるほうを「原告」、ケンカを売られたほうを「被告」と呼びます。 (刑事訴訟の「被告人」とは違うんですが、日本語マスメディアがどちらも「被告」としているので困ったものです)
 また、仮処分では、「動かすな!」と要求するほうを「債権者」、要求される側を「債務者」としますし、他に民事事件では「申立人」「相手方」という表現もあります。
 仮処分の「債権者」「債務者」は、カネ貸したときの取り立てと同じイメージで考えれば分かりやすいですが、UFJ銀行の例などで「あれ、どっち側がカネに詰まってるんだっけ?」という日常の感覚を持ち込んでしまうとゴチャゴチャしますね(笑)。

 VNI界隈で使えるかもしれない(?)メモ。

著作権法
第118条(無名・変名の著作物の権利の保全)
 無名又は変名の著作物の発行者は、その著作物の著作者又は著作権者のために、自己の名をもつて、第百十二条、第百十五条若しくは第百十六条第一項の請求又はその著作物の著作者人格権若しくは著作権の侵害に係る損害の賠償の請求若しくは不当利得の返還の請求を行なうことができる。ただし、著作者の変名がその者のものとして周知のものである場合及び第七十五条第一項の実名の登録があつた場合は、この限りでない。
2  無名又は変名の著作物の複製物にその実名又は周知の変名が発行者名として通常の方法により表示されている者は、その著作物の発行者と推定する。


第123条(親告罪)
 第百十九条、第百二十条の二第三号及び第百二十一条の二の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
2 無名又は変名の著作物の発行者は、その著作物に係る前項の罪について告訴をすることができる。ただし、第百十八条第一項ただし書に規定する場合及び当該告訴が著作者の明示した意思に反する場合は、この限りでない。


 まあ、どこかの大統領と違って後先考えずにミサイル攻撃というわけには、なかなかいかないんですが……何より時間的に(苦笑)。

 ついでに蛇足。
 ここに明記されているように、著作権侵害そのものは親告罪なので、他の人が「犯罪があると思料」しても、刑事処罰を求めることはできません。

2004/08/09 ホーリー・アップ!

 宗教上の理由により8月と12月には3日間の安息日を取らなければなりませんので、会社には出られません。(ご存知、萌える英単語あたりの挨拶)

 ところで、いまさら出遅れ感もあったもんじゃないぐらい乗り遅れてます(というか話題的には終わってますか?)、この『もえたん』の例文、あらためて読んでみると、うーんと感じる部分はあります。
 細かいツッコミや検証はさんざっぱら既出でしょうが、個人的に感じるのは日本語文と英文の不一致です。
 書籍の性質、つまり「萌える」云々はさておいても、学習参考書ということを考えれば、そんなに目くじら立てることでもないですし……。翻訳のように、原文を正確に日本語に訳すというのと、日英両文を並べて対比させて覚えてもらうのは違いますから。多少ミスがあったところで、どこかの大統領とは話が違いますし
 これは要すれば、通常の翻訳と和英対訳の違いに属するものです。この違いそのものをあまり意識しない人もいるくらいですから、気にしなければ気にしないですむかもしれません。プロの翻訳といっても、どこまでこの違いに注意を払っているかは疑問もありますし、また「翻訳」と「逐語訳」の違いを強く主張する論(『翻訳はいかにすべきか』)もありますから、はっきりクッキリした正解があるわけでもない部分です。
 個人的に気になったのは、より「通訳」寄りの立場から見たときの話です。原則として、通訳には文章構造の変更は許されません。
 たとえば……。
声を聴いただけで声優が分かるのは、オタクにとって基本的な能力だ。
Maniacs can tell one radio actors from another only by hearing their voice. It is the basic competence for them.
という例がありますが、この例文の英文を、例文の日本語文のように訳したら、英文和訳や通訳では×かもしれません(笑)。某予備学校では構文の間違いには「K」マークをつけて大幅に減点してた記憶がありますが、いまでもやってるのかしら……。
 この英文を、英文和訳の問題として、あるいは通訳として訳すとすれば、仮にも文章が切られている以上、文章構造を尊重して訳すことになりそうです。

(私的日本語訳その1)
 オタクは声を聴いただけで声優が分かるが、それは彼らにとって基本的な能力だ。

(私的日本語訳その2)
 オタクは声優の声を聴いただけで声優を識別できる。それは彼らにとって基本的な能力だ。

 原文、それに私的訳その1とその2の違いは、どこまで意訳にするか、あるいは逆にどこまで逐語訳に徹するかの違いです。
 その1では、前半と後半を、曖昧に「が」でつないでいますが、こう接続してよいかどうかは、この文章だけでは判断ができないはずです。
 また、翻訳の立場からは、逆に「やたらと指示代名詞を使うな」という意見もあるでしょうから、意訳につとめた原典の例文のほうが、すんなり読める分優れているとも言えます。
 「声優が分かる」というのを、私的訳その2では「識別する」としました。これは、英文のtell one radio actors from another を尊重したものです。たくさんいる声優さんの中から、これは誰々だ、と「分かる」わけです。
 日本語の「分かる」にはいろいろな意味がありますから、「声優が分かる」というのが、必ずしも「識別できる」「特定できる」とイコールとは限りません。
 「ああ、この声優さんは、こっちのキャラに向いているんじゃないかなあ」というように、適性が分かっちゃう人だって、濃ゆい層ならいるような気もしますし(笑)。

 逆に、和文から英文を捏造してみると……。

(私的英訳)
It is the basic competence for Maniacs that can tell one radio actors from another only by hearing their voice.

 原典の例文では「オタク」(Maniacs)が主語になっているのを、日本語の原文を尊重して、「分かる(こと)」を主語にしてみました。

 もっとも、こういったアラ探しは、拾えばいくらでも拾えるでしょうし、この書籍の冒険的精神を評価するうえでは、細かなツッコミは無力のような気もします。
 先週、テレビをパチパチ見ていたら、BSで「監督シドニー・ルメットのすべて」という番組を放送していました。
 ……実はその前の「セルピコ」に引きずり込まれてそのまま見てしまったといういつものパターンだったんですが(笑)。
 この番組で、「質屋」(1964年作品)が紹介されていました。ちょっとネタバレの感があり、その上いま記憶に頼って書いているので不正確かもしれませんが、そこはゴメンナサイするとして……。
 ナチの強制収容所の暗い過去の記憶にさいなまれる主人公が、「今日は記念日だ」と言い、ヒロインが「何の記念日?」と聞くシーンがあります。
 これ、ホロコーストのなかで自分だけ死ななかったことに暗くなる主人公の心理を描写しているシーンですが、英語ではヒロインの質問は、「What happened?」(何があったの?) と言っているんですね。
 つまり、「記念日だ」と言われれば、「まあ、何が起きた日?」と、相槌として聞くのは普通の会話ですが、そこから切り返して「起きなかったんだ。死ななかった」と言わせているわけです。
 ここが、日常の会話からでさえ、どん底に突き落とされるという両極端の明暗を描いているんだろうなあ、でも、「何の記念日?」という日本語訳では、漠然としていて次に来る暗さがはっきりしないのでは、……などと、ぼーっと見ながら思いました。
 いま記憶だけで書いてますし、何よりこの映画「質屋」を通して見たこともなくて、この紹介番組で一瞬見ただけですので、間違っている可能性も大です(苦笑)。
 というわけで、詳しくは、映画に詳しいhidakaさん(イレギュラーエレクトロン)か、少弐さん(魂の売れ残り)(はるかさんとこ経由)に振ってみます(おい)

 さてさて。
 「『ホリデイ』を休日と訳した働き蜂日本人」と一節を設けて、宗教観の違いが俗世間の意識にまで及んでいることを指摘したのは、『イスラーム教を知る事典』です。
 今日に限っては、宗教について取り上げることはしませんが、神聖なる安息日を、単なる労働から解放される休日と訳してしまうのは、どうしても「誤訳」の疑いがつきまといます。
 明治期、あまりに大量の外来語を取り入れなければならなかったという無理からぬ事情はありました。もう手におえないから、英語を国語にしてしまえ(って、アメリカで議論になってるのは別の話です(苦笑))という主張もありました(初代文部大臣・森有礼など)。また、法律用語について音は外来語のままで新しい漢字を創作して当てようという試みもありました(これについては、穂積博士の『法窓夜話』に詳しく出ています)。それぐらい怒涛のごとく流れ込んできたことを考えると、まあよく訳語を考えてくれたものだ、いまならカタカナ書きして終わりにするんじゃないか、とさえ思えます。
 しかし、一度訳語ができてしまうと、これはそのまま定着してしまうのが世の常です。明治の先人たちにとって、日本人が仕事や観光でこんなに気楽に海外に出かける時代が来るとは想像できなかったかもしれませんが、「休日」に仕事の予定を入れて相手先から無神経だと非難される、といった光景、一昔前のバブル期にはやたら報告されました。……いま報告が減っているのは、すでにニュース価値がないほど「いつものこと」になっちゃったのか、それとも相手先文化の理解が進んだのか、はたまた日本人もそこまで働かなくなったのか、どれなのか疑問ですけど。
 よく言われるように、小手先の技術の輸入は、本当に得意なんだと思います。月曜から日曜までの曜日を輸入したのが明治初期で、それまでは「盆と正月」以外に休みを知らなかったわけですが、あっという間に適応してゆく。休まないで遮二無二働くのを「月月火水木金金」と褒め称えたりしてますけれど、この表現が通用するためには、「普通は日曜休み、土曜は半休なんだよね」という基礎知識が必要です。
 ここには、制度について有無を言わさず進めてしまう役所の存在も忘れるわけにはいきません。だって、「日曜は休み」と決めたら、本省から出先機関までみんな休んじゃうんですから、一般庶民はそこで「休む日があるのか」と無理にでも気付きますよ(笑)。各地の武士による支配体制に組み込まれたムラ社会から、官僚システムによる全国一本化という社会変化も見過ごせないんですが、たちまち大部の検証を要しますから、これも端折ります。

 話は飛躍してしまいますが……。休日でも、祝日でも、あるいは記念日でも、「もともと何でそうなったんだっけ?」と思い直すきっかけにならないと、単にカレンダーに書いておくだけでは、いまだに残っている「大安」と同じように、インクの無駄づかいにしかならないのではないでしょうか。
 そういう意味では、ある意味では宗教行事のようなあの巨大イベントは、本来の意味での「ホリデイ」に該当するかもしれない、少なくともなんだか分からない「海の日」「体育の日」よりは本来の意味に近いんじゃないか、とほとんどヤケッパチな結論です(笑)。


>はるかさん (08/09)
> (外からそれが確認できない、外に向かって訴えることが出来ないってだけの話じゃないわよねぇ?)

 これは、フグ毒中毒で実際に報告があるんですよね。
 全身の筋肉が麻痺する、神経には影響がないという特異な毒性のために、本人はしっかり記憶があるのに、外からどんな刺激を与えても反応しないというんです。
 「瞳孔が開いている」(外からの光刺激に反応しない)というのだって、フグ毒中毒から生還した人の体験談では、「ライトで照らされるのでまぶしくて困った」というのがあるぐらいです。
 ……これ、前に書いたような気がしてきました(苦笑)。
 もっとも、脳死の場合は、脳波による判定が入っていますから、全身の筋肉がすべて停止していても、脳波による診断で分かるはずです。
 試験に出る脳死判定基準早覚え:「コーマ、フラット、ミキの瞳に息止まる」=深い昏睡、脳波平坦、脳幹反射停止、瞳孔散大、自発呼吸停止 ……なんの試験か微妙ですけど(苦笑)
 それはともかく、反射による不随意運動にまで、何らかの「意味」を読み取ってしまう、読み取りたくなるというのは、ある種「信仰」に近いものかもしれません。
 「うるうる涙の瞳で、ぼーっと見つめてくる女性」を見かけて、もしかしたらついに春? とカンチガイしたら、実は違う春の話、花粉症で(アレルギー性結膜炎)で、しかも抗ヒスタミン剤のせいで眠かっただけだ、などという笑い話があります(笑)。
 これが、こと「死」に関わる話だと、あらかじめ経験も実験もできないことですし、しかも厳粛なものなんだと植え付けられていますから、ついつい何らかの意味を読み取りたいという願望に動かされても不思議ではありません。
 「脳死」と「従来の心臓死」の違いについては、宗教・哲学・医学の各分野から、さまざまな見解が出ています。いちいち繰り返すことはしませんが、念のために重要な違いを医学的に挙げておくと、従来の死が「3徴候」、つまり呼吸・心拍・脳の完全停止(ただし脳については瞳孔散大で判断してます)を基準としていたのに対し、「脳が死ねば心拍や呼吸はすぐにも止まる」としているのが「脳死」です。
 ただし、誤解の多いところですが、従来の3徴候説にはしっかりした根拠があって、新しい「脳死」とは違うと思われがちですが、そんなことはありません。心停止後も、末端の組織、たとえば皮膚なんかはかなり遅くまで「生存」しています。だからといって、法医学の扱うような死斑や死後硬直の出現まで待つのも無理な話で、実は従来の「心停止が何時何分でした」というのも妥協の産物なんです。
 もっとも、現在の日本の脳死判定基準も、問題がないとはいえません。技術的な部分(こういう項目の検査を追加すべきだ、というような)は別として、現実との妥協を行っているのが、臓器移植前提のときは脳死判定をするが、臓器移植をしないときは脳死判定もしない、という点です。
 私なんかは、個人としてはもう一歩進んで、大脳新皮質の完全停止だけで死亡と見てもらってもいいとさえ思う過激派ですが(笑)、それはともかく、臓器提供の意思表示がないと、本人が「脳死の時点で諦めるんだ」という信念があっても、心臓死まで持ち越されてしまいます。脳死を死とするんだという死生観を持っていても、その実現(脳死段階で打ち切る)には、臓器提供の意思表示が必要だというのは、どこか歪んでいるとしか思えません(臓器提供しないなら、本人の死生観に関わらず心臓死まで待たせるわけですから)
 私個人は、脳死段階でとっとと認めてもらって、新鮮なうちに病理解剖(研究者のために標本とってもらう)に回してもらいたいと思いますが、現時点で生前に解剖の意思表示ができるのは系統解剖(医学系学生の勉強のため)だけです。まして「脳死」段階では解剖はできないと来ていますから、結局どうしようもなくて放置状態なんですが……。
 そんな個人的な話はともかく、広義の信仰や哲学の問題があって、個人個人でいろいろな考えがあるでしょうし、しかしある程度線引きをしなければならない問題ではあります(いくら個人の信念だからといって、「自分は心臓が止まっても死んだとは思わないから腐敗が始まるまで待て」と言われては困ります)。そこの議論のときに、まず事実をしっかりと認識する、それから周囲の雑音(これは予想以上に多いものです)に惑わされずに、個人として立ち向かう姿勢が必要だと思います。

 ……さんざん書いといてアレですが、ちょっとフグ食べたくなったというのが最初の反応だったのは秘密です(笑)。やっぱりあれは冬のものですけれどね(笑)

2004/08/08 ファイナルアプローチ

 もうダメだと思ってからが本当の勝負なんだっ!(気合入れている対象が違っちゃってる部長さんあたりの挨拶)

 そろそろ、「年に2回の聖地巡礼イベント」関係で、「当落」や「締め切り」の悲喜こもごもが伝わってきていますね。
 ……「まだ間に合う」などと、篭城事件の犯人説得みたいなセリフを不用意に吐くと、詩子さんあたりに殴られそうです(こらこら)
 もっとも、「締め切り間際に限ってプリンタがトラブる」「コピー機のサービスマンの到着までの時間は、急ぐ度合いに比例して遅くなる」という恐ろしい法則もありますから、ご利用は計画的に(笑)。

 そうそう、今年の3月だったか、「落石注意」は具体的にどうしろと? という話題に触れたことがありましたが、先月の台湾取材で見かけた看板では「落石しやすい場所なので立ち止まらずに迅速に進みなさい」(原文中国語)と書いてありました。
 細かい注意がある場所だと、「ここで写真を撮ったり休息したりしないで、とっとと行きなさい」というような表記もあって……指示どおり迅速に立ち退いたんで写真撮ってないんですけれど(笑)。

 世間的には夏休みらしいですが、「海の日」お約束のボケさえ成立しなかったほどで、まるで実感がありません(苦笑)。
 3週間ぐらいバカンスを……と言いたいところですが、そのフランスでも「猛暑で非常事態になると困る」ということで閣僚の夏休みが大幅に短縮された、と伝えられていますから、こちらも仕方がないと思って諦めることにします(笑)。
 そんな中、『高島易断を創った男』読了。『楽しくつきあう外国語』再読。
 前者は、率直に言って、60点スレスレの合格点、正直リンク貼ってまでお勧めできるとまでは言えないんですが、決して悪い本だとは思いません。
 ただ、帯や出版紹介にあるような、「高島易の創作者は、伊藤博文のブレーンで、彼の易はことごとく的中!」というノリを期待して読むと外れます。そういった部分は最終章で非常に軽く触れられているだけなので、若干出版広告には問題があるようにも思えます。しかし、幕末から明治時代にかけての産業の移り変わり、そこで活躍した実業家の一人の伝記としては、つまり「易断」を添え物程度として読むなら、しっかりと事実を追っている著作だと思います。
 後者は読み直し本なので、改めて特別に何かということはありませんが……。
 この炎暑に夏の休暇を削って書いた本です。外国の文化をとりあげているこの本が、外国のゆとりある暮らしぶりと逆行する形でできたことは皮肉です。
という前書きを読んで、思わず同感の挙手(笑)。


  ◇

 「韓国、台湾、香港、シンガポールのアジア各国で急激な少子化」というニュースが伝えられましたが、こうなってしまうと、経済発展とそれに伴う生き方の多様化は、必然的に少子化傾向を生み出す、という従来の定説を改めて確認したように思えます。
……使ってみて分かりましたが、コレ(「◇」)って便利ですね(おいおい)
 儒教文化圏、とひとくくりにしてしまうのも、それぞれの地域の歩んだ歴史や置かれた立場を黙殺する危険があるんですけれど、しかし、崇拝の度合いやベクトルは別として、大まかに共通しているという意味に限って、この地域に儒教文化という考えを置いてもよいでしょう。
 儒教文化にもさまざまな側面があります。プラスの面もあればマイナスの面もある。また、どの側面がどういう時代・場面で登場するかによって、その正負もひっくり返ることもあります。女性蔑視の一条だけを取り上げれば、とんでもないことを言ったものだと思ってしまいますが、何しろモノは紀元前のお話、それを言ったら西洋だって「女性は教会にて黙すべし」なんていうのが後に来るぐらいですから、そこには時代の壁があります。問題はその時代の壁を乗り越えて、負の面が現代にまで「越境攻撃」してくるかどうか、逆にいえば、使う側が「ありゃあさすがに使えないわ」と時代の壁を認めるか、それともムヤミに崇めてしまって全肯定してしまうか、の姿勢ともいえます。
 第二次大戦後のアジアの経済発展も、国際情勢の流れのなかで見なければなりません。日本の経済発展でさえ、単に「日本民族の勤勉さの賜物」と崇めてしまっては、脳の程度が知れる。勤勉だったことまで否定する必要はありませんが、しかし、米ソ冷戦の国際情勢が、日本の経済発展を容認する方向に働いたことを無視するのもおかしいのです。歴史に「もし」はありませんが、仮に日本を4分割するプランが実行に移されていたら、日本人がどんなに勤勉に働いたとしても、ここまでの経済発展が可能だったか、大きな疑問と言わなければなりません。
 こういった国際的なパワーバランスも視野に含めながらも、経済発展の一つの要因としては、「教育を大事にする」という儒教文化のプラスの側面があります。自分が貧しくて食うに困るような状況でも、子どもの教育を優先する、それが正しい親の姿だという主張は、手工業時代に比べて高度複雑化した現代工業社会において強い追い風になりえます。
 逆に、孝行美談を放置して、親がどんなに遊びほうけていようと子は一身を犠牲にして孝行せよ、という方向に進んでしまうと、女工哀史やら農村での身売りやら、昭和前半の暗さそのままになってしまいますが……。
 ここは、どの時代にどういう場面で、どの「道徳」が打ち出されるかで明暗が分かれる部分でもあります。労働集約型、手っ取り早く言えば働く人間は質より量だ、とにかく人数集めて何も言わせず働かせればいいんだという状況では、高い学歴を要求するわけではありませんから、親のため・家のため黙々と働いてくれる人を歓迎するでしょう。ところが、そういった単純作業は機械がやってくれるから、全員が知恵を出し合っていかないと間違いなく負けるという高いレベルの工業社会では、「とにかく頭のいい人」が必要とされます。
 突き詰めると、ウチの十八番の「教育なんて所詮、社会がどんな人間を要求しているかの『仕様書』に過ぎない」ということになってしまいますが、それはひとまずおくとして、「家庭が貧乏でも、何としても子どもは高等教育まで行かせる」という教育重視(正確に言えば「『教』重視」)の姿勢は、20世紀後半の経済発展では追い風になったのは間違いないところでしょう。
 しかし、この文化を追い風にして、世界の富が集中するという経済発展を築いてみたら、あとに残ったのは「少子化」社会だというのは、これまで語られてきた西欧先進国の法則よりも大きな意味を持ちます。
 なぜなら、「孝行」もその一面だと言えますが、儒教文化には親子を大事にする、その延長線上として先祖を大事にする、つまりは「子々孫々」という言葉があるように、連綿としてつづいてゆくんだという信仰にも似た想定があるからです。血統を大事にするとまで言ってしまうと、儒教の側からハタ迷惑な誤解だと抗議が来るかもしれませんが、家系の断絶をよしとしない側面はあります。
 その文化圏においても、経済発展の結果が「少子化」だとすると、これは西欧文化を土台として「西欧先進国で見られるように」と言ってきた法則が、さらに強い力を持って襲いかかってくることになります。
 もちろん、この「少子化」の問題は、最大瞬間風速にも似て、あるいは医学のCT写真にも似て、「ある時点で輪切りにしてみた結果」にすぎません。一時的な現象という可能性は十分にあります。とくに、急激に高学歴化した社会を想定すると、高学歴化はほぼ必然的に晩婚化につながりますから(「学生結婚」は、社会的にも経済的にも少数に留まるでしょう)、「現在高学歴化の進行真っ最中」の社会では、第1子出産の年齢が全体的に上がる分、ある時点で撮影すると「急激な少子化」が映し出されることもありうるのです。
 分かりやすいように極端な想定ケースを用意してみると、これまで18歳で結婚・出産ができた国で、突然法律を改正して30歳未満の結婚・出産を禁止したとすると、「したいけれど法律の年齢に達するまでできない」層ができてしまい、この層が30歳に達するまでは、すさまじい少子化傾向というように見えるはずです。
 実際に禁止まではいかなくとも、従来世代では高校卒業ぐらいで社会に出て、というのが、全体的に大学進学が当たり前になってくると、その分年齢が上がってしまうのは当然といえば当然なのです。
 そこには当然、長寿化という要因も入ってきます。「人生50年」で計算する場合と、「80歳は当たり前」で考える場合では、人生設計そのものが大きく変わってきます。「子どもの成年までは働かなければ」で行けば、あとは引き算でタイムリミットが設定されてしまうわけですね。
 ここで問題になるのが、長寿化は本当に祝うべきおめでたい話で――これを「少子・高齢化」とくくられると、そんなに早死にさせたいのかと皮肉の一つも言いたくなるんですが――、長生きできる社会というのは誇っていいんですが、さて長生きしたその時間をどうするか、そこのプランが、個人にも、社会にも見えていないということです。65歳で定年を迎えたとして、平均寿命まで20年近い時間がある。ほとんど生まれてから社会に出るまでに要する時間に匹敵するほどの時間があるわけですが、ここをどう使うつもりなのか、どう使って欲しいのかが個人にも社会にも空白のままです。
 いわば、着陸の理想像がないまま飛びつづけているようなもので、それでは設計そのものができない、というのも当然でしょう。
 これは、「年金問題」というと非常に矮小化されてしまう点です。年金を含めた社会福祉制度というものが、究極的には個人の幸福をどれだけ、どうやって守ってゆくかという問題であることを思えば、かつて言われたように、「『福祉』とは、安心である」という本来の定義に立ち戻る必要があります。年金でちゃんと生活できるんだろうね、という不安だけがクローズアップされますが、実はどんなに金額を示したところで解消されない、漠然とした不安があっての声ではないでしょうか。
 制度について議論する場合には、どうしても数字の問題を大切に扱っていかなければなりませんから、この数字を前提にして制度はもつのか、という疑問は当然です。その疑問を声の大きさや勢いだけで押し切るのは土台無理というものです。しかし、制度という技術的な問題以前に、「安心」を与えているかどうか、ここの検証も忘れるわけにはいきません。安心を与えられない福祉などは、どんなに数字を繕ったところでまやかしに過ぎないはずですが、根本に立ち戻ることの苦手な人は、ことこの島国に関しては非常に多いのが懸念されます。
 こう考えてみると、安心のないところで、将来に不安を抱えたままの状態で、「少子化は食い止めるべきだ、がんばれ」と掛け声をかけることが、いかにナンセンスかということにも思い至ります。少子化があるから年金問題が不安になったのか、それとも年金制度を含む福祉制度が不安だから少子化につながったのか、この順逆を取り違えてはいないか、という疑問が消えません。
 そして、福祉制度で手厚く保護されれば安心か、というと、今度は「人はパンのみにて生きるにあらず」で、カネだけでは安心は買えません。経済的な困窮は願い下げですが、では困窮さえしなければ安心できるのかと問われれば、確信を持って肯定できる人も少ないでしょう。思想・思考の問題として、「着陸の理想像」を、個人としても、社会としても考えなければ、いつまでたっても「将来に漠然とした不安」を抱えたままの状況は変わらないのではないでしょうか。
 さらにその上で、これらの不安材料を全部解決してもなお、最終的には個人が個人として判断すべき事柄である、という当たり前のことも確認しておかなければなりません。
 経済行為で考えれば、あまりにも当然すぎて書く気も失せるほどですが……。銀行に預金するにせよ、株式を買うにせよ、不安材料があれば投資したいとは誰も思いません。不安材料がなくなってはじめて、投資する前提が成り立つわけですが、それでも、投資するかどうかは個人の判断に委ねられます。「100%安全確実高利回り」だとしても、タンス預金とどちらを選ぶかは個人の判断です。
 少子化問題で、西欧先進国の例から言われるのは、この個人の判断の部分に重点を置いています。これは逆をイメージすれば分かりやすい話で、自由が少なく経済的にも選択肢が少なければ、少子化なんて起きようがありません。経済的に豊かになり、いろいろな人生設計を選べる自由な社会だからこそ起きる、あえて言えば「恵まれた悩み」ではあるのです。
 ところが、その恵まれた悩みが成り立つほどの社会を作っておいて、「われわれのときには選ぶ余裕なんかなかった、今時の若者は……」と言い出す老人の多いことには絶句させられます。なぜ、逆に「多産多死で悲しい思いをしたから、たいへんな成功だ」とプラスの評価をしないのでしょうか。そして、なぜ、そんな世代でもない人たちが、まるで老害が伝染したかのように吹聴して回るのでしょうか。こちらの精神性のほうが、よっぽど人口問題よりも奇怪なことだと言わざるをえません。
 最後に一つ蛇足的エピソードを。
 イスラエル・パレスチナ問題では、アラファト路線ではいつまで経っても解決しないとして、いっそイスラエル国家の中で民主選挙をやってもらおうというパレスチナ人の意見が出ています。
 というのは、イスラエルが「中東で唯一の民主国家」を標榜しているのを逆手にとって、人口増加率で勝るパレスチナ人(アラブ系)が、イスラエル国民として一票を行使すれば、結果として民主的多数決で独立決議が通りかねないからです。非常に国際的批判の強いイスラエルによる隔離壁建設の背景には、本気でやられたら敵わないから分断しておけというイスラエル側の先制があるのではないかという見方もあります。
 きわめて微妙な政治問題に、人口増加という数字が関わってくる例ですが、……目を極東の島国に転じてみると、はてさて、その時代に生きてもいない割には気軽に「昔は良かった」と口にする右の人たち、少子化に対してネガティブな見方をしたがるようですが、それでは、その「昔はよかった」実現のために、どれだけ人口増加に貢献しているのか、と思うと、本気で言っているのかどうか疑わしくなります。
 自分自身は多様性を認める社会を満喫しながら、多様性の結果として現れてきた少子化に対しては八つ当たりのように苦言を呈するのは、ちょっと離れてみると滑稽な姿にしか見えないのですが、そんな笑えない喜劇を信奉してついていってしまうとなると、行き着く先は悲劇のみではないでしょうか。

2004/08/03 デッドラインはとまらない!

 日米事起こらば、陸軍としてはいくばくの期間に片付ける確信ありや(どう考えても馬鹿にされていた大元帥あたりの挨拶)

 「神聖不可侵」の主権者の質問に対しても、真面目に答えようとせず、甘い見積もりでごまかそうとするのでは、もはや手の施しようがないとしか言いようがありませんが……。
 ……8月だからってそんな話ではありません(笑)。
 問題は、今日のテレビ欄。

18:30〜21:00 BS1 サッカー・AFCアジアカップ中国2004・準決勝「日本×バーレーン」(延長の時あり)
22:00〜0:00 BS1 サッカー・AFCアジアカップ中国2004・準々決勝「中国×イラン」 (延長の時あり)
0:00〜0:50 BS1 BSニュースきょうの世界
1:05〜1:35 tvk アニメ魂 「月は東に日は西に&Wind−a breath of heart」

 ……サッカー2番組が15分以上押すと、「きょうの世界」と「月は東に日は西に」がいきなりぶつかってしまうニアミスぶりです(汗)。
 野球よりは延長は少ないでしょうけど……なんだかヒヤヒヤですね。

 (追記)
 ……結局、0050まで押してしまって、ニアミスどころか正面衝突です(泣)。

2004/08/02 ♪特ダネ探しの明け暮れに……

 自己の主張にとらわれ、証拠を単に利用するものとしか考えない者には、証拠はニヤニヤ笑いながら、その人の色眼鏡に相応する姿しか見せない。これが証拠の最大の復讐である。これが一番恐ろしいのである。(元最高検検事の回想あたりの挨拶)

 小説で言えばアガサ・クリスティの「検察側の証人」、実務で言えばよく引かれる「耳噛み切り事件の事例」(ストライカー)など、調子に乗って勢いで進めたら、「証拠」が恐ろしい牙をむいて来るようなケースはありますね。
 警察・検察官など司法捜査関係だけでなく、とかく「第4の権力」と呼ばれるほど大きな力を持ったメディアも、この点にはしっかりと謙虚に立ち向かう姿勢が必要なはずですが……。書いた者勝ちの風潮では、この「証拠の復讐」でさえそれほど怖いものとは思えないのでしょうか。まるで、テロリストが、実際に撃たれても痛みを感じずに任務を遂行するのと同様、感覚がマヒしてしまっているのかもしれない、と思うと、そちらのほうにぞっとさせられます。
 「ブンヤ(「新聞屋」から新聞記者の意)はヤマ(事件)を追うもので、ヤマを作るものじゃない」
とは、白黒映画『事件記者』での若手記者のセリフですが、あの荒廃した、しかしその分ゼロ・リセットされた時代の指摘は、現在のメディア、ひいては当時想像もつかなかった「みんながみんな評論家」に対しての警鐘ではないかとさえ思えます。

 と、ここまで書いてから、うたた寝をしていたら、「わーっ」というテレビ音声で目が覚めました(日本時間23時)
 ウチでは寝ているときにビデオが動くと、副音声だけ小さく聞こえてくるようになっているんですが、BSニュース「きょうの世界」でこういう声が聞こえるときって、現場からの中継で悲鳴があがっている大事件か、あるいは首脳会見で聴衆が反応しているとき、ということが多い(会見などは副音声で原語そのまま聞けるので)のです。
 なんだなんだ、と起きてみたら……延長になった野球中継ですか(苦笑)。
 確かに「現場からのナマ音を副音声で中継」はおんなじです(NHK BSの野球中継は、アナウンサー・解説者の話を入れずに「現場」の球場の音声を流します)けれど、米同時多発中枢テロか、はたまた中東和平会談か、と思っていたので拍子抜けです(笑)。
 ……スポーツ観戦の歓声、しかも日本語なのに、案外ナマ音だけでは「きな臭い事件」とあまり変わらないんですね。

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