VNI鈴凛 過去ログ 04/06/01-30
2004/06/30 ネタの荒波
2004/06/26 つける薬なし
2004/06/25 ネタ詰まり
2004/06/20 名前
2004/06/19 編成
2004/06/14 絵と文字
2004/06/12 ユーモアのセンス
2004/06/10 東京
2004/06/07 世代交代
2004/06/04 モスクワとストックホルム
2004/06/01 万邦協和
ニュースクリップ
(06/26 19:30更新)
★地下鉄渋谷駅で発砲の男が出頭、警視庁が逮捕【NHK】
(06/21 15:30更新)
★田中角栄元首相の秘書をつとめた政治評論家の早坂茂三さん死去、79歳【共同通信】
(06/08 08:50更新)
★漫才師で元参院議員のコロムビア・トップさん死去、82歳。芸能活動のほか、公私ともに福祉問題に尽力【朝日】
2004/06/30 ネタの荒波
Too much paints sink a ship.(
言われてみれば当たり前なんだけど、もっと考えれば船に限らないとも思える英国造船界のことわざあたりの挨拶)
相変わらずのネタ枯れに追い討ちをかけるかのように、
「BSニュース きょうの世界」がテニスでお休み。……日本のニュースを見る時間が消えちゃったかもしれません(苦笑)。
ラテ欄ネタも、「電撃G's Radio」「せんせいのお時間」と立て続けに終わり、録画予約を消していくような毎日です。あ、当地では来週からになる新番
「月は東に日は西に」はチェックですけど(笑)。
どうやら、台風の影響で一時かなり強い雨だったらしいですが、防音断熱の家の中にいると、
バグダッドの状況と同じ程度の扱いになっちゃいます……「雨かな?」と思ったらまずアメダスをチェック、というのは、どこかで何かを大間違いしているような気もします(苦笑)。
というわけで、折りも折りとて「干天の慈雨」とは言いにくいんですけど、ネタ枯れの週にとっては欠かせない未明のラジオ番組「どらごんデンタルクリニック」と「神楽坂ハッピーチューナー」まで、ちょっと寝ておきます(笑)。
……「ザ・ホワイトハウス」も終わったいま、水曜深夜
(木曜未明)のこの番組の後はラテ欄がすっからかんですから、逃がすわけには行きません。と言いながら、ここ2週間ハデに寝過ごしちゃいましたが(苦笑)。
今日は結局、米PBS「NEWS HOUR」の
ジム・レーラーさんしか見てないような気がする水曜日でした(笑)。
……おっと、寝る前にそんな泣き言言ってる閑があったら、勢いでオーダーしたものの、ものの見事に「積み本」と化している書籍
(複数形)を読めというツッコミが飛んできそうです(笑)。
実際ずいぶんな状況なんですが、こういうときに限ってドタバタしていて落ち着いて読む態勢に入れません(苦笑)。
まるっきり「積み本」になっている
『新薬創製への招待』『中国古代の科学』『抗日戦回想録』『靖国神社』、ハードカバー当時に勧められて借りて読んだっきりで文庫化されてたのを買ったらそのまま積み本になっている
『新約聖書を知っていますか』、この辺で腰を据えてしっかり読み直したい
『戦争論』(全3巻)、ざーっと流し読みしただけなのでちゃんと再読したい
『日本人の心理』、これらをとっとと読まなきゃならないんですが……。
落ち着く時間が食事のときぐらいしかないのを口実に、結局お気楽に読める
『KGBの世界都市ガイド』を繰り返し読んでたりします(苦笑)。
「お気楽」というと語弊がありますが、人によって「気軽に読めるかどうか」は随分違いますよね。
だって、この個人差を無視して、「
絵や写真が多くて、根を詰めて最初から読まなくても、食事のときとかに気軽にパラパラめくって読める本ない?」と聞かれたときに、
『消化管内視鏡のABC』なんか勧めたら、そっちの人でない限りほぼ間違いなく怒られますから(笑)。
……でもこれ、ウソは言ってないんです、写真は多いし項目別だからパラパラめくって読めるし……(笑)
逆に、ウチではアニメは普通に楽しめたものの、原作はついに力及ばず読みとおせなかった
『マリア様がみてる』の例もありますから、相手によっては、「自分が読めなかった本」でもお勧めできることもあると思います。
内心「読まないほうがいい」と思ってるような本を友人に勧めたら、ケンカ売ってるみたいなものですけど、「読んでおきたいんだが自分では無理だった」良書は、相手さえ選べばお勧めできますからね。
うーん、ネタの上下変動の波が
普段にもまして激しすぎるようなので、やっぱり寝ときます
(苦笑)。
2004/06/26 つける薬なし
ナショナリストは、味方の残虐行為となると非難しないだけでなく、耳にも入らないという、すばらしい才能をもっている(
オーウェルあたりの挨拶)
というわけで、耳にも入らない、すばらしい才能の持ち主がわめいているのに反論したところで、いまさら何言っても無駄ですよ、という真実は「さんざっぱら既出」なわけで……。
昨日の更新、
「だけどなベイさん、おかげでアサカン何とか格好がつくじゃない」 と言われそうな記事でした(笑)。
挨拶に引用したセリフ微妙に間違ってたし(苦笑)。
いくら「麻薬のベイさん」と言っても、警視庁捜査一課の課長よりも麻薬事件には嗅覚が利く事件記者というのもスゴイもんだと思いましたが、考えてみると「大本営発表」から独自取材に大転換を遂げた当時はそういう気概があったのかもしれません。
現在ただいま、日本語メディアを見ていても妙なナショナリズムやら、「ご当地限定」に近いようなローカルなニュースやら、はたまたスポーツや芸能やらで、こちらの関心からはまるっきり「圏外」なので、テレビでは「きょうの世界」や「ワールドニュース」ぐらいしか見られない日々です。
ニュースキャスター
(アンカーマン)といって、最近目にしている人は? と思い直してみると、ABCのピーター・ジェニングスさんやテッド・コペルさん、それからBBCの……と、日本人がまるで出てこないような気がします(苦笑)。
あ、「海外ネットワーク」の道傳さんがいますけど、週1の番組ですし……。
ってゴタゴタ言っていたら
(現在日本時間26日21時)、数少ない注目番組の
NHKスペシャル「地球大進化」忘れてました(苦笑)。
……この番組の場合「キャスター」というのかどうか分かりませんが……山崎努さん、「必殺」の時代から変わらずお若いようです(笑)。
>詩子さん (06/25)
>算数の問題で不適切な設問って話なんですケド、青いコマの本あたり読んでると、それほど不適切ではないんじゃないカナ……とか不適切なコトを思ったり。
>囚人のジレンマとか、この手の問題結構出るし。
うーん、
「個人的な殺人は絶対悪で、組織的な殺人には甘い」日本では「不適切」なのかもしれませんね。
後者に関してはホントに甘いです。昨今の三菱自動車でも、
(テロを正当化はしませんが)普段ならすぐ銃弾やら短刀やら送り付ける右翼連中も何もしないですし、極左なら「独占資本が人民の生命を脅かした!」ぐらい言って爆弾送りつけそうなものですが、それもない。
アメリカでは「ココム違反」事件のとき東芝のラジカセを叩き壊すパフォーマンスがありましたが、日本人はそんなパフォーマンスさえやりもしない。都知事が「
(三菱製の車が)隣に来ると怖い」と発言してみせても、それなら「三菱自動車の都内乗り入れ禁止条例」を作るぞ、ぐらい言ってもよさそうなのに、そこまではしないんですね
(銀行に対しては課税やってみせるパフォーマンスを演じた人なのに)。
三菱自動車のリコール隠し問題は明らかに組織的殺人だと見る私なんかは異端のようですが……。
そういえば以前、いしいひさいち氏の漫画で、
「破防法適用の条件『組織的であり』『繰り返すおそれがあり』『政治的である』の3条件に……ピタリ当てはまります大蔵省は!」 というのがありましたが、いまなら三菱自動車は組織犯罪取締法でやっつけろと罵倒されてもおかしくないはずですが、無理を承知でもそういうこと言われもしないのは、組織的犯罪には甘ったるいお国柄なんでしょうね。
というわけで、おそらく
7カ国で油田強奪のため侵略をした。油田を山分けしようとしたが、2つ足りない。テロで2カ国が脱落したが、それでも2つ足りない……。
という問題にしとけば、きっと「不適切」までは行かなかったんじゃないかと思います。ついでに、問題の難度を上げるために、
「今度は1カ国を多国籍軍と称して追加させてみたが、やはり山分けするには足りない」 とか入れても良かったんじゃないかしら?
(こら)
ただしこの場合、
>あと二人ぶっ殺して独り占め
>……ってのは答えにならない風味ですか???
ではなくて、
あらかじめ入札と称して最初から独り占めにしとく
が正解になっちゃうんですけど(苦笑)。
……「7人なんて大人数で、しかも均等に頭割りするような犯罪計画そのものが不適切で、指揮命令系統で配分を決めておくのでなければ、そんな多数でやってはいけません」という答えも、
やっぱり不適切でしょうね(笑)。
「うまく割れないので、あらためて別の銀行を襲撃する」とやると、組織犯罪っぽくなりますけれど(おいおい)。
……ところでこの算数の問題、ドナルド君は解けそうでも、ジョーヂ君ははたして大丈夫かしらと思ってしまうのは私だけでしょうか?(こら)
そういえば昨日のCNNで、前にウチでも取り上げた「Do not Call List」の話題が出ていました。
これは、「あらかじめ『勧誘電話お断り!』というリストに登録しておけば、勧誘業者はそのリストの電話番号にかけてはならないようにできる」というシステムですが、実施した米連邦通信委員会によれば、結果は基本的に成功ということです。
リストに掲載されている
(「お断り」な人)に勧誘業者が勧誘電話をかけた場合、「1万5000ドル以下の罰金」だそうで……
羨ましいなあ。
まあ、日本の「どこを切っても利権の2文字」の政治屋さんには、こういったきめ細かい消費者保護なんか、思いつきもしないでしょうけどね。
せめて、作るだけは作った「未承諾広告」表示違反だけでも摘発してほしいものですが、あんまり厳しくやると自分の足元の利権に波及しかねないから及び腰なのかしら。
強盗について正当防衛の範囲を広く認める
(多少のやりすぎは罰しない)特別法があるんですから、「迷惑メール行為に対して、もっぱら防御のため為した電子的操作については、その行為を処罰しないことができる」とか規定を作って、「くどいSPAMに対してIPクラックして広告業者のPC破壊してもOK」と自力救済認めるぐらいしてもいいような。
まあ、個人よりも団体や組織、消費者よりもちゃんと上納金をくれる企業を崇拝するカルト信者のような政治屋さんに、成果を期待するだけムダってものですね。
閑話休題。
まあ、いつも言っているように、教育なんてえらそうなこと言ったって
所詮は「大人社会側が『こういうの作って欲しい』という仕様書」にすぎないので、例の「イラク派遣の賛否で減点」問題だって、露骨すぎてバカでも分かるから右の人中心に問題視してますが、根本的にはみんな似たようなものだと思いますね。
イラク派兵賛成だと減点云々の事例は、知能が低い人にもバレちゃうレベルの仕様書というだけですが、煎じ詰めてよくよく反省すれば、子どもに読書を無理強いする「国語」にしたって、巧妙なトリックで中身見えにくくしているだけの話です。右も左も関係ない、内容の問題以前に、本質的に「合法化された人体実験」をやってるだけの話だと、非常にさめた見方をしてしまいます。
……あ、耳にも入らない人に理詰めで説いても、馬の耳にナントカって奴になっちゃいますか(苦笑)。
2004/06/25 ネタ詰まり
なあアイさん、予期していたことだが、こりゃアサカンは骨じゃね(
「記事書いているのを見たことがない」ご隠居事件記者あたりの挨拶)
ネタがないときはキャプチャ画像で埋めてみる、というのを昨年も「イラク戦争」で試してみて、悲惨なことになった記憶がありますが……とりあえず埋まってるビデオテープをアトランダムに取り出してみます(笑)。
……たまたま掘り出したラベルも何も貼ってないテープ再生してみたら、「皇太子殿下ご成婚の儀」だったのは「やめとけ」という天の思し召しですか??(苦笑)
>春歌(WS)ちゃん (春歌の雑記帖)
>★桃井はるこ倒れる 偏頭痛から来る呼吸困難だとのことだそうです。
詳細は不明なので何とも言えませんが。
「偏頭痛から呼吸困難」というと、つながりが見えなくて違和感を覚える人も多そうですが、これはないわけではありません。
いわゆる過呼吸症候群
(過換気症候群)。高校生などで見られますが、息吸いすぎて苦しくなってさらに息を吸う……という症状です。本人も実際に死ぬんじゃないかと思うぐらい苦しいですし、傍から見ても緊急事態に見えるので、即座に救急車ということはよくあります。症状も「息が苦しい」だけではなく、「手足のしびれ」や「失神」まで起きます。
治療は軽度ならペーパーバッグ法……というと大げさに聞こえますが、要するに紙袋に向かって呼吸させて、炭酸ガス濃度を上昇させてやる方法です。
よく、まるでドラマの「シンナー吸引」のイメージで、この紙袋をビニール袋
(ポリ袋)で代用することがあり、学校の保健の授業でもそういう指導をすることもあるようですが、これは炭酸ガスが増えすぎる危険があるため
誤りです。「紙袋」なら炭酸ガスも周囲の空気も適度に出入りしますけど、完全密封のポリ袋ではまったく出入りしなくなってしまいますから。
では「紙」袋ならいいかというと、最近では
「低酸素症や心停止を来たした症例も報告されており、安易に行ってはいけない」(『今日の治療指針』)とされています。原因がほかにあって、慌てて身体が酸素を要求して症状が起きたケースでは、「どうせ過呼吸でしょう」と簡単に考えて、吐く息の炭酸ガスをまた呼吸させてしまうと、予想外の症状が出る危険があるという指摘です。
「困ったときのジアゼパム」ではありませんが、過換気症候群でも抗不安剤のジアゼパムの筋注
(筋肉内注射)が推奨されています。これはパニック状態を抑えるという短絡的な意味合いではなくて、たとえば精神的状態がまったく関係ない「農薬中毒で痙攣」にもジアゼパムが使われるぐらいですから、精神面に限らず「身体を落ち着かせる」対策だと考えたほうがよいでしょう。だからこそ「困ったときの〜」と言われてしまうほど、「とりあえず使える薬」になってるわけですが。
……と、ここまで書いといて、無診察治療の禁止ではありませんが、症状も見てないのに「過換気症候群だろう」で書いてはいけませんね(苦笑)。もっと重大な病気かもしれませんし、単なる「人ごみでよくある酸欠、フラフラっとした場所が悪くて……」だけかもしれません。
あまり憶測で言うもんじゃありません(苦笑)。
よく「救急のABC」で、気道確保・人工呼吸・心臓マッサージのABCは、誰でもできるようにしてくださいね、ということが言われます。確かドイツに見習って、普通自動車の運転免許の学科にも入ったんでしたっけ?
実際、心停止のような救急の場合には最初の数分が分かれ目ですから、救急車が到着する前にその場に居合わせた人が適切な処置できるのに越したことはないんですけれど……。実は救急医療では、ABCの手前に「現状の把握」があります。「バイタルサイン」というのがそれで、ドラマなんかで「バイタルはっ!」と叫んでたりしますが、呼吸が止まってないのに人工呼吸で押し込んだら止めることになりますし、心拍を確認しないで下手に心臓マッサージしたら「死因は……何者かによる胸部の圧迫です」と、救命のつもりが殺人になりかねません。
酔っ払った人を仰向けにさせ、胸の上に乗って口を塞いで殺害すると、自然死に見えやすい、というのをイギリスの殺人者バークが考案・実践したため、英語のburkeには「押し殺す、窒息死させる」という意味で残っています。
……なんだか救急医学のはずが法医学に来ちゃいましたが(苦笑)。「君子危きに近寄らず」で放置されるのも困りものですが、かといって「英雄気取り」で飛び出してムチャされても困るんですね。
昔子どもの頃読んだチャーリー・ブラウンの漫画で、遊んでてケガしたので手当てしてと友だちに頼んだら、「ちょっと待って、その前に弁護士を呼ばなくちゃ」というのがあって、訳者註で「アメリカでは医療ミスによる裁判が多い」とか書いてあったような記憶が……何しろ幼い昔の記憶なのでおぼろげですけど、妙に印象に残ってます。
……「三つ子の魂〜」というのかしら、これも(笑)
2004/06/21 一部にのみ重大なニュース・その2
最初の当確が出ました。選挙管理委員会ではまだ開票状況を発表していませんが、独自の出口調査の結果などをまとめた結果……(
投票締め切りと同時に当確が出てしまう開票速報番組あたりの挨拶)
「電撃G's」後任、伊月ゆい・小清水亜美・門脇舞の3氏に
新番組「ムギュッと!双恋」7月放送開始へ
【東京発21日Rin2】今月末で放送を終えるラジオ番組「電撃G's Radio」の後番組について、伊月ゆい・小清水亜美・門脇舞の3氏が後任パーソナリティに決定した。放送する文化放送が同社のホームページで発表した。
新番組は、野球中継などの変更がなければ、7月4日から放送開始の予定という。
2004/06/20 名前
♪生まれた時に〜こめられた祈り、名前につけて未来と戦う(
懸念されたとおり「流れ解散」的に消えてしまった某ユニットあたりの挨拶)
前々回「人名漢字」について少し触れましたが……。
>咲耶ちゃん
> ……皆、特攻野郎Aチームは知ってるよね?ね?
いまでは「ハンニバル」といえば、「Aチーム」や歴史の名将ではなくて、
「インテリ猟奇殺人鬼」を連想する人がほとんどなんだろうなあ、と寂しくなったり(苦笑)。
あ、「Aチーム」では、最終シーズン
(スペシャル「地獄島からの大脱出」以降)じゃないと4人しか出てこないので、可憐ちゃんの出番は最終シリーズかしら、と(笑)。
最初のシーズンに追っかけの記者さんがいたっけ?? 追っかけまわす鬼の憲兵大佐とか、準レギュラー
(海外ドラマでは「サブキャラ」とは言わないか)なら結構あるかも(笑)。
最終シーズン、あまりにも影の薄かったフランキー
(「特殊効果マン」)はともかく、「謎の人物」ストックウェルは、昔は現場にいただけあって貫禄があったような……
(注:別の番組です)。
……って、よくよく記憶をたどってみると、首都圏で午後に放映していたとき、「天皇陛下のご容態」宮内庁会見で番組が飛んだことがあったぐらいですから、これって昭和の御代の話、よく言われる
「新しい元号」会見より前の話ですね(笑)。
ところで、「昭和天皇」のように諡
(おくりな)を贈る習慣、現在の日本では一般にないですね。
仏教と習俗が合わさって、よく分からないまま、なし崩しでつけることになっている「戒名」がありますが、あれは生前につけることもありますし、師から下してもらうものですから、ちょっと性質が違うと思います。
生きている間は、どうしてもその人と面と向かってですから、そうヒドイ名付けはできないでしょう。「戒名」が値段でどうのこうのと言われますけど、あれは結局、生きている間につけるとなると、他に判断材料がないから、ということもあるような気がします。
何しろ人間、生きている間は何しでかすか、最後まで分かったもんじゃありません。死後数十年経ってからでも何が暴露されるか分からないのに、「もうそろそろ」という曖昧な雰囲気で、生きてるときに良い名前をつけてみたら、最晩年ムチャクチャ暴れまわってしまって、名前が合わない、ということも考えられます。
生きている間の評価ということでは、英国の爵位とか、果ては逆に生存中でないともらえない「ノーベル賞」などもありますが、賞勲の類は本質的にそういう側面があるわけですから、「最大のミスだったノーベル平和賞」というケースも仕方がない部分はあるでしょう。
「ロボトミー」に医学賞を与えてしまったとか、ノーベル賞はとかく言われますけど、それ言ったらいくら戦勝国相手とはいえ、自国の首都の無差別焼き討ちプランを作った空軍トップに勲章をわざわざ進呈した島国だってあるわけですから。
……話が随分きな臭くなったところで慌てて元に戻すと、「通称:ハンニバル」みたいに勝手に名乗っちゃうのを、日本でも勧められることがあります。英語の科学論文で、スズキ・タロウさんなどでは同名異人さんが多すぎて検索に困るので、自分でミドルネームを適当につけときなさいよ、などという指導があるようです。
字
(あざな)があって諡号があって、幼名があって、読んでて混乱するのもアレですけど……(笑)。
これをいきなり「ネット世界」の話に持ち込むと、コテハンだとか、それはそれで別の方向できな臭くなりますけどね(苦笑)。
いったん「匿名」を活用する世界に身を投じておいて、あとから特定できるような固有名を名乗りだすというのも興味深い問題ではありますが、たちまち大部の検証を要するでしょうから、それは他の方にお任せしたいです(笑)。
>詩子さん (06/19)
>●2004/06/19 Sat 15:12 血で詫び状書いて、反省しる!!!
問題の先生と校長もこれだけ問題になったんだから、
身をもって模範を、お手本を示していただければと思うんですけれどね。
生徒に強要したのが不適切だったというのは、裏返せば方法そのものにはまるっきり疑いを抱いてないようですから、ぜひマスメディア向けの発表コメントは全文、ご自身の血液でお書きください、と(苦笑)。
結局のところ、「血の気の多い」「元気のある」人を育てたいという、
「現在の仕様書」がそのレベルだとしか思えません。
……ところで、オウム真理教の一斉摘発の際、「カッターナイフ所持」だけで「銃刀法違反の現行犯」まで使っていましたが、この先生は摘発されないのかしら?
その系統では、同じく教職
(名誉教授ですけど)の、
「日本刀でけがさせた疑いで逮捕、セールスに立腹か 岩手」【朝日】……コッチのほうがまだ分かるような気がします(苦笑)。
日本刀振り回すのは困りますけど
それは春歌ちゃんが専門ですし、確かに日本刀どころか、「テメエの事務所に
デイジーカッター撃ち込んでやる!」と叫びたくなるような、しつこい電話セールス多いですからね(苦笑)。
……あまりにもクドイ宗教の勧誘が来て、思わず「異教徒は殺せ」と言って逃げられた経験が(笑)。湾岸危機前の「若気の至り」ですが、
不適切な発言で誤解を招いたことを、純粋な穏健派イスラムの皆さんにお詫びします(←謝る相手そっちかい(笑))。
よく不快な勧誘やセールスの立ち去った後に、「塩撒いとけ!」と言いますけど、「シオ」と訓読みする分にはまあご愛嬌でしょうが、
「エン」と音読みした場合は問題がいろいろと……(笑)。
ここで、「大量破壊兵器などありません!」と、懐かしのフレーズを再放送しておく必要が(笑)。
……「デイジーカッター」ほどおおっぴらにされてる大量破壊兵器もあんまり見当たらないような気もしますけどね。あれの名前の由来が、「爆発を上から見たとき、花びらのように見えるから」というのはどうなのかなあと思います。
(
註:「デイジーカッター」の名前は、花のデイジー転じて「しぶとい雑草」を根こそぎ刈り取る、つまり通販でよく見る「高枝切りハサミ」と同じような意味からの命名、という説もあります)
>保健室は寝に来るトコじゃない風味ですし、無料のラブホでもない風味です……って言うか、ココで仕事してるヤツもいるんだってば。(切願)
まあまあ、
予防医学的には、貧血でぶっ倒れる前に仮眠ぐらいはいいんじゃないかと……(笑)。
手近にセロテープが見当たらないから、いいや
サージカルテープでメモ貼っとこう♪とやってしまうので他人のこと言えないかもですが(笑)。素手で切れる上に、丈夫で使いやすいから……(笑)。
……手紙をナイフで止めとくよりはマシだろうと正当化(笑)。
そうそう、それでふと思い出したように本題というか本件に戻るんですが、指や手の外科は面倒だから、シロウトが変なとこ勢いで切らないで
(切らせないで)欲しいです。いや、つなぐだけ・ふさぐだけならともかく、神経も筋も細かく集中している場所なので、機能回復となると専門になる
(参考:専門書。って、この紹介に出てくる症例はちょっと一般にはえぐいかも)くらい大変で……。
ウソだと思ったら……やってみる機会
(わざとという意味ではなくて、事故で、ですよ)も少なくないでしょうけど、指先にバンソウコウ貼ってタイピングしてみると分かると思います。現にいまの私がそうなんですが、感覚が狂ってタイプミス多いし、ビデオデッキのリモコン予約も押しにくくてかないません。
「切るのは一瞬だが、生み出すには100年はかかる」 は、酸素を発見した人についての名コメントでしたっけ?
(黙れ)
メイクラブのほうは、ほぼ同意ですけれど……。
「いきなり波乱万丈な人生送っちゃわないように」 指導するのもそちらのお仕事では
(笑)。
それはともかく、ときたま話に出ますが、集中治療室やリカバリールームで、奥さんがお見舞いに来て、直後モニタの心拍数・血圧が急上昇、ナースが飛び込んだらお楽しみの真っ最中だった、なんてことが実際にあるそうです。……この「事故」の原因の一つには、「緊急時にはドアをノックせずに飛び込む」という習慣があるからなんですけれど(笑)。
ピンクっぽい話のついでに。「体交」
(たいこう)というコトバがあります。“白衣の天使”でこの響きだと、えらくそっち系に連想が行きそうですが、現実は厳しくて(笑)、「自力で寝返りできない患者さんを介助して寝返りさせる」
超重労働だったりします。
……ピンク系の連想をしたい人は、「交わす」と読もうとするんでしょうが、本来の漢文では「〜を」の目的語は後ろに来ることを忘れずに(笑)。
本来は「体位変換」だったはずなのに、なぜ「体変」にならなかったのか不思議ですけど、非常事態のほうのタイヘンと同じ響きは語呂が悪いからかもしれません(笑)。
看護系の方によからぬ想いを抱いている人は、不用意なコトバで相手を不快にさせないようにオススメしときます(おい)。
……そうそう、
先月はるかさんが紹介していた書名で、そういえば“エンジェル”って普通は響きかわいく聞こえるのかもだけど、こっちで「エンゼルセット」というと
『死体処理用具一式』のことなんですよ、と縁起の悪い方向にしか思考が進まなかったのをいまになって思い出しました(苦笑)。
だから、というわけではありませんが、ピンクからブラックへ……
(おいおい)。
>はるかさん (06/19)
> もしかして、チェンジリング伝承はそういった理由付けとして長い間広がり続けていた部分もあったのかしら? なーんて暗めに考えてしまうとちょっと寂しいお話。いえ、よく分かりませんけれどね。
> どちらにしろ、きっと「昔のお話」です。
現在活躍中のノーベル文学賞作家が、かつて鋭い社会批評を繰り広げつつ最後自殺した映画監督を悼んで
そういう題名の小説を書いていたような……。
映画監督さんのほうは、前に対談でも取り上げた
『倒錯 幼女連続殺人事件と妄想の時代』が、猟奇犯罪に留まらず日本人のメンタリティ構造にまで踏み込んでいたこともあって、強い印象がありますが、ノーベル文学賞作家さんのほうは、対談集や往復書簡集は大変興味深く読めるんですが、カンジンの小説にはまるで歯が立たなかったりします(苦笑)。
……大方忘れられてるでしょうけど、なにしろ
私「理系担当」でしたからね(笑)。
ダイオキシンその他についてもこの機会に……と思ったんですが、日本時間昨夜の「Nスペ飛び」以降寝ないままで来て、ついでに「経済羅針盤」もチェックしたりしていたので、さすがにちょっと寝ます(笑)。
2004/06/19 編成
多すぎる。……論文の数は最少であるのがよい。しかし最少はゼロの意味ではないよ(
古き良き時代?の数学者あたりの挨拶)
レベルの高いものだけを厳選して、というのはコーヒーでもお酒でもそうしたいところでしょうが、大量生産の時代なかなかそうも行かないようで……逆に変なこだわりで「厳選」してしまって、ホントは良かったものを拾いそこなう危険もありますし。
……えーと、何の話かというとですね、
NHKスペシャル「21世紀の潮流 アメリカとイスラム(2) シーア派の選択“革命25年目のイラン”」を待ちつつ仮眠を取っていたんですが、タイマー録画開始でTVがオンになったら、星野仙一さんの声。……野球中継延長ですか。
まあ、NHKはハンパな延長はしないことが多いので、とことんやっちゃうんだろうなあと諦めつつ……って、
まだですか〜??(現在日本時間
22時20分)
普段、興味がないので野球中継を見ることもないんですけど、いつになるやら分からないので仕方なくテレビをつけたまま待機です。
私の予想では、まだ21時からの「15分間の全国のニュース」が入ってないですし、今日はそこに「台風情報」も来るような気がします。
……下手するとこれ、裏番組で
仕方なく諦めた「BSドキュメンタリー」と両立したかもしれないと思うと、ちょっとフクザツです(苦笑)。
野球中継ようやく終わった
(22時30分)、と思ったら、そのまま10分の全国ニュースと5分のローカルニュース挟んで「サタデースポーツ」ですか……。
その後また台風情報含む全国ニュースが来て、で、今日は土曜日だから「冬のソナタ」が来て……ちょっと目を離した隙に飛ばされた模様ですか?(泣)
ニュース特番で飛ぶときと違って、野球中継延長だと「番組のお知らせ」が来ないから気づかなかったかも……。
仕方がないので、もうヤケで
「BS世界のドキュメンタリー『ウィリアム王子・英国王への階段』」(英BBC製作)を見てます。
……恋愛ドラマとスポーツにまるで興味のないウチにとっては、厄日のような編成スケジュールの土曜日でした(号泣)。
とりあえず明日の連続3プログラムに期待して寝直したい気分(苦笑)。
6/20(日) 19:00〜21:00 BS1
「ドキュメンタリーが見つめた15年(1) こうして世界中が”戦場”になった」
6/20(日) 21:00〜21:50 NHK総合
NHKスペシャル 「ローマ教皇、動く イラク戦争とバチカン外交」
6/20(日) 22:00〜00:00 BS1
「BSアーカイブス特選 サラエボの冬・戦火の群像を記録する」
(日本時間20日11時30分追記)
普段、「Nスペ」は、翌週月曜と火曜の深夜に再放送枠がある
(番組が飛ばなくても)んですが、来週は「ウインブルドン2004」のため再放送の予定がないようです。
飛んじゃった「21世紀の潮流」はどこ行っちゃうんでしょうか……。
と、思いながら番組表をチェックしていたら、そういえば今日
(20日)は日曜なので、
6/20(日) 18:10〜18:45 NHK総合
「NHK海外ネットワーク」
があるのを忘れていました。「ニュースまとめて1週間」には手ごろで便利なんですが、番組じゃなくて
曜日を忘れてました(苦笑)。
……今日のプログラム、夕方からノンストップに近いかも(笑)。
深夜というか明日未明には、いきなり趣が変わって
「せんせいのお時間 」もありますし(笑)。
2004/06/14 絵と文字
ええ「龍雄」は字画が多すぎるんですよ、澁澤龍雄で60画。これだけの人はちょっといませんよ。(
ペンネームの由来を最晩年に聞かれたフランス文学者あたりの挨拶)
「人名漢字」拡大について、やっぱりいろいろ言われてますね。
意味がアレなんじゃないかという文字もあるようですが、人名だからという議論よりも、全体的な「常用漢字」拡大の流れで見るほうが正しいようです。いま使える漢字だって、
「ヤマイダレ」系統は、人名に使うにはロクなのないと思いますし(笑)。
ウチには一人、実際の経験者がいてですね……いえ、人名じゃなくて常用漢字のほうですけれど(笑)、さらっと書き流したら「こっちの事情なんですが、使える漢字が決められていてですね……」と、「ご冥福」にチェックが入ったんだそうです(笑)。
金融機関の「破綻」を「破たん」と書かなければならないのは、やはり不自然でどこか変だと思いますが、だからといって使いたい放題、IMEの及ぶ限り漢字で書いてしまうというのも変な話です。
やたらと漢字を使ってしまうと、読み手にそれだけの知識が要求されるため、読みにくくなる、というのが一方にあります。ところがもう一方には、IME病というのか、とにかく変換で出てきたのが正しければOKという感覚で書いてしまうと、「実は知らないのにイメージで通ってしまう」現象もあります。
たとえば、「破綻」でいうと、「銀行のハタン問題について首相は……」というアナウンスを、聞き手がその場で分かるぐらいの文字に限ってほしいというのは、一般向けの媒体では当然あるわけです。
しかし、こちらはあまり指摘されないんですが、漢字を安易に使うと、今度はよく知らないのに「字づら」だけで分かった気になってしまう問題もあります。
同じ例でいえば、「破綻」が
「要するに潰れたってことでしょ?」と意味は分かっていても、「ハジョウ」と読んでしまったりする。それがそのまま伝言ゲームになると、意思が伝わってるんだか伝わってないんだか分からなくなっちゃいます。子どもが「外科」を「がいか」と読んでしまっても、口に出して指摘されない限り気づかないのと同じです。「半ば」
(ナカバ)なんかは、話し言葉ではあまり使わないだけに、「ハンバ」と読んでいて気づかない人もいそうです。これは、半場友恵
(ハンバ・トモエ)さんのせいじゃないでしょう(笑)が、半井
(ナカライ)さんのような錚々たる名家で、しかし知らないと読みにくい名字もあったりします。
漢字は、数ある表意文字の中でほとんど唯一生き残って使われている文字です。漢字のほかにも、
「槍を持っているのが男♂で、鏡を持っているのが女♀」というのもあったのに、ほとんど廃れてしまって、文字が残っていても、表意としては使っていません。そういう意味では、非常に珍しい言語システムです。
こういう話のとき、表音文字の例に「英語」を持ち出すミスも多いんですが、あれは表音でも表意でもありません。「this」と「is」で、前者は濁らず後者は濁る、なんてのは、語句を知らないと発音できないわけですから。
……「potatoe」でしたっけ、発音どおりのつもりで書いてしまって
大恥かいた副大統領候補が昔いましたけど(笑)。当時、あれを逆用して、あの感覚で発音しなきゃ向こうじゃ通じないんだよ、日本式の「ポテト」と頭が高くなるアクセントではダメで、
あれぐらいの勢いで行くつもりで発音しなさい、なんてムチャな指導もありましたが(笑)。
その点では、ドイツ語や、さらにロシア語のほうがより表音に近い言語だと思います。このため、最初の外国語として、表音・表意がごちゃごちゃになっている英語というのはどうだろうか、という議論もあるんですが……話がとめどなく脱線しそうな予感がしてきました(苦笑)。
ところで、「意味を表す」文字の場合とくに、意味があとからついてきちゃうことがあります。単語として見れば表音文字システムでもある話ですけれど、新しく意味が付け加えられてしまうケースです。
むしろ人名で怖いのはこっちのほうじゃないかと思います。よく例に挙げる「田中角栄くん」事件ではありませんが、「鈴木さんちのムネオくん」だって、「宮崎さんちのツトムくん」だって、そんなに珍しくない名前だけに、えらい迷惑被ったんじゃないかと。……別格に「布施院定さん」が実在されるそうですが、湾岸戦争当時に聞いただけで確認はしてません(笑)。
さっき「ナカ」と「ハン」の例を挙げましたが、たとえば「中田」さんの場合、「ナカダ」と読まれるほうが普通だったのが、
突然全国的に「ナカタ」と濁らない
(しかもアクセントが変わる)読み方がされるようになったんじゃないかと思います。
……とりあえず、全国の「エゴイズミ」さん、いらっしゃるかどうか知りませんが、いたらゴメンナサイ(笑)。
ところで、「使える字」が増えたといっても、これは辞書に出ている書き方
(というか描き方)の字の話です。いわゆる「文字コード表」にある中で増えた、ということですね。
当たり前じゃないかと言われそうですが、戸籍の電算化のときに、「渡辺」さんの文字の描き方が半端な数じゃなかったという話がありました。「辺」の異体字はコード表にもいろいろありますけど、登録のときにインクこぼしただけじゃないの?と思うような、点があったりなかったりで大変だったそうです。
「しんにょう」の部分でも、点が1つと2つと入り乱れています。「辻」さんは点1つみたいですが、「逞」
(たくましい)では点2つありますよね(「逞」は常用漢字にないですけど)。
単に
ご先祖様が一つ余計に書いちゃったんじゃないかというものでも、長いこと使ってしまうと、ある日突然「ミスです」と言えないところがあります。
たとえば、ゴールデンタイムの「水戸光圀」さんは庶民の味方みたいですけど、「圀」(くに)の字は、実は中国本国では、
あの則天武后が勝手に作った文字なんで、そんなカッコイイ文字じゃないんです。「歴史のミステイク」みたいな文字でも、時代が経ってしまうと、あとからなかったことにするのは大変なんですね。
早覚え
「巳は上に、己己下につき、已已已中ほどにつく」(「み」は上に、「おのれ」「つちのと」下につき、「すでに」「やむ」「のみ」中ほどにつく)を前にも紹介した記憶がありますが、巳已己なんて書かれたら小さい文字だと間違いかねません(笑)。実際に、こういう似てて違う文字の名前は、登録したときに間違って、あとから
(とくに電算化の際に)読みを確認して「職権訂正」なんてことも少なくないようです。
そうそう、点で思い出しましたが、アニメ「赤ずきんチャチャ」で「やっこちゃん」を演じた「赤土真弓」さんの「土」は、正確には点がつくそうですが、日本語コード表ではこの字は出ません。
参考:
台湾の異体字字典【教育部=繁体字中国語】の結果。これで見ると、誰が最初に点打ったんだい、というのが一応分かるかも(笑)。ついでに、
トップページから行けば、さっきの「圀」も調べられます。
(注意:さらに調べようとすると、一部リンク先の資料は許可申請しなさいというメッセージが出ます)
>春歌(WS)ちゃん(6月10日)
>オースミハルカですけど。
そっちの世界に縁のない私、春歌ちゃんのとこで読んでなかったら、おそらく「おおすみ・はるか」と聞いて、
人工衛星か新手の漫才師かと思ってただろうなあと(笑)。
だって、「セリ・ナズナ……」と、音の響きはあんまり違わないから(笑)。
……春の七草は食べられるけど秋の七草は食べてはいけません、って大幅に話違ってますね(こらこら)。
で、本題の漢字のほう……。
>春歌(WS)ちゃん(6月12日)
>官能小説で見かけるような漢字が大挙して出てくるとは正直思いませんでした
いやいやいや(笑)。並べ方の問題じゃないかと(笑)。
「牡丹」
(ぼたん)とか「蜜柑」
(みかん)もありそうですし……名前に使うかどうかは別問題ですけど(笑)。
あと「奥尻」のように地名のケースもありますね。これも名前に使うものかどうかは別ですが(笑)。
「ぼたん」ちゃんと「みかん」ちゃんの双子ユニットは正直どうかと思いますけど、案外受けるかも……すでに平仮名なら、あってもおかしくなさそうですし。
だからといって、3人目以降で苦戦して
「契丹」(きったん)なんてつける羽目にならないように祈りますけど(おい)。……そんなことして人の名前で遊ぶ人は「スカタン」と呼ぶべきだと思います
(こらこら)。
2004/06/12 ユーモアのセンス
喜劇は終わった、幕を引け(劇作家の辞世のセリフあたりの挨拶)
今日は未明(日本時間12日0時すぎ)から、ABCのレーガン大統領国葬特番「FAREWELL TO A PRESIDENT」(NHK BS)を見ていましたが、厳戒態勢と伝えられた厳粛な儀式の中にも、やはりお国柄が垣間見えました。
ワシントン大聖堂で行われた国葬の最中にも、故人の想い出としてジョークを紹介すると笑いを取ってしまうのもその一つでした。
国葬が終わってから、棺がアンドリュー空軍基地へ向かう間、参列した記者のリポートなどが入りましたが、葬儀を振り返って……。
「ジョージ・W・ブッシュ大統領にとって、大統領になってから最も立派な演説だったかもしれません」
ちょっと待て(笑)。
この他、大聖堂から出てきたクエール元副大統領にも直接インタビューするなど、アメリカらしいとしか形容できない場面があちこちで見られました。
「レーガン元大統領は、この20年も、1世代以上も、ワシントンを離れていたので、若者にとって、テレビを見ている人々は混乱しているでしょう。これだけかなり年を取った人を見たので(笑)。私たちは、ある一定の年齢を超えていれば分かる人たちばかりなのですが、若い世代にはなかなか分かっていただけないでしょう。」
ここでクスリと笑いを入れてしまうんですね。同時通訳で聞いていると、アンカーマンのピーター・ジェニングスの笑いは通訳されていなかったので、原音で聞かないと気づかないかもしれませんが……。
まあ、このABCの特番「大統領とのお別れ」も、資料映像をふんだんに駆使していたので、「若者」の現代史の復習にも役立ったかもしれません。
「感動した!」なんて、どこかの無能な政治屋さんじゃあるまいし気軽に使うのは好きではありませんが、式典の最後、「歓喜(ベートーベン第九から)」の合唱の流れる中、モスクワ「赤の広場」・ベルリン「ブランデンブルグ門」とつないだ映像は印象的でした。
2004/06/11 妄想の時代
で?(
場合によっては最も短いケンカの売り方あたりの挨拶)
出生率1.29、厚労省は「年金制度見直し必要ない」 【朝日】
厚生労働省は10日、日本人女性1人が産む子どもの数の平均数を示す03年の合計特殊出生率を発表した。出生率は戦後最低だった02年の1.32を下回って1.29となった。生まれた子どもの数は約112万4000人で約3万人減少し、1899年に統計を取り始めて以来最低。年金改革法が前提とする予測を下回っているが、同省は「一時的な現象。年金制度を今すぐ見直す必要はない」としている。
03年の人口動態統計によると、出生率は35歳以上で上昇したものの、15〜34歳はいずれも前年より下がった。出生率が最も高い20代後半が0.45で0.016ポイント減り、全体を1.29台ぎりぎりの1.2908まで押し下げた。20代後半の婚姻件数も約28万2000組で約1万7000組減っており、結婚しない女性が増えていることが要因の一つとみられる。
平均初婚年齢は男性29.4歳、女性27.6歳で、ともに上昇。離婚件数は約28万4000組で過去最高だった前年より約6000組の減。1000人あたりの離婚件数は2.25で、13年ぶりに減った。死亡数は約3万3000人増え、約101万5000人。自殺者の数は約3万2000人で過去最多となった。
政府は95年度から少子化対策に本格的に取り組み、育児休業制度の普及や労働時間短縮などを進めてきたが、制度がなかなか浸透していない。04年度中に新たな対策をまとめることにしている。
財団法人家計経済研究所の永井暁子次席研究員は「新しい政策がこれまでの延長上なら出生率はさらに低下するだろう。男性でも育休が抵抗なく取れるなど、個人や企業の意識改革を促す思い切った施策が必要だ」と指摘する。
(06/10 21:28)
往時の時代劇なら
「ガタガタ騒ぐんじゃねえやい、田舎泥棒どもが」 とタンカきるところじゃないかと思います(笑)。
意識改革だとか制度改善だとか、まあ小手先の対策はそれはそれで必要なんでしょうけれど、
最終的にはこれは個人の判断。男女のカップルそれぞれが、個人として決めることであって、社会側がああだこうだと「べき論」を展開するのは筋違いです。
見ている限り、多くの論者は根本的な問題点を見落としているようです。「子どもを産みやすくする環境づくり」と、目の前の症状についての対症療法ばかり出てきますが、本質のところを見ていないのか、はたまた目をそらしているのか、根元のところは見ていないんじゃないですか。
「子どもは欲しいけど」という需要があって、その需要を満たすのに障壁があるなら、その障壁を取り除いてやればいい話ですが、本当にそうなんだろうか?という疑問は晴れません。経済用語だとなんだか生臭いですけれど、「需要」そのものがあるのかどうか。いくら安売りしようが宣伝しようが、
売れないものは売れないんですから。
年金制度改革にしても、制度そのもののテクニカルな問題は別として、論議する世代と、「支払いたくない」世代の間で、言語が違うぐらいの文化的ギャップがあるように思います。
「世代間助け合い」などと言われ、それに対して「いや自分がもらえる金額は……」というスレチガイが生じていますが、これは埋められる溝なのか、よくよく考えてみると、どうも疑問なんですね。
「世代間助け合い」の考え方の根底には、「いや若い人だって、いずれ歳取って子どもに面倒見てもらうわけだから」という考えがあるのではないでしょうか。積み立ての保険のように確実に金額いくらというわけではないけれど、税金と同じでお互いの助け合いなんだから、「あなたも将来は……」という展望を前提にしているように思います。
これ、「日出づる国のニッポン」だった時代は、共同幻想として成立していたんでしょう。世代論にこだわるのも問題ですが、大雑把に言って少子化が問題になる前の世代、現在40代までは、この共同幻想が多かれ少なかれ「前提」としてすりこまれているのでは、と思います。
ところが、「少子化」問題の当事者というか、こんにちただいま「選択」をしている世代に、その共同幻想があるかどうかというと、かなり疑問です。現在30代以下の世代にとっては、
共同幻想どころか、「了解できない妄想」に見えている可能性があります。
共同幻想なんて言うとコムズカシイですが、砕いて言うと、ドラマのリアリティに近い問題です。「家庭を持って、子どもを育てて、老後は……」という「シナリオ」を描いて見せたときに、「そうそう」と共感を得られるかどうかの問題です。
ややきな臭い別の話で言うと、「ソ連が突如、北海道に上陸作戦を実施、同時に国内の極左勢力が首都東京で暴動を起こし、各地の原発も襲撃され……」なんていうパニック映画、
いまだとまるでリアリティを感じられないと思います。逆に、「テロリストが民間機をハイジャックし、首相官邸に突っ込んだ」という筋書は、以前なら「馬鹿げたシナリオを書くな」と言われたでしょうが、いまなら十分現実感を持っていますから、描写さえしっかりしていれば成り立つでしょう。
これと同様に、と言ってしまうと乱暴すぎますが、
「結婚して、家庭をもって」シナリオが、いま問題とされる世代には、「ソ連侵攻」なみに現実味のないものに落ちているのではないかとさえ思うのです。
共同幻想あるいは妄想は、理路整然と説明して納得してもらうものではありません。「巫女さん萌え」について、そうでない相手に説明するのは至難の業でしょう(笑)。現実にありそうな話ですが、マーケティング会議で「メイド喫茶」について説明するのは、かなり苦労しそうです。
ことほどさように、「共同」でなくなっちゃった「幻想」「妄想」を元に話をするのは不可能に近い困難さがありますが、出生率という社会問題にしても、同じ現象が起きているのではないかと疑ってしまいます。
「大金持ちになって、大邸宅でメイドさんに囲まれる生活は夢だよね」という「妄想」を、そういう属性のない人に話しても
「はあ?」と言われるのがオチでしょうが、旧世代の人たちがいう「家庭をもって子どもを育てて……」の「幸せシナリオ」も、ほとんど同レベルになっているのではないかと思います。
もしそうなら、これはもう制度や意識改革などで埋められる話ではありません。「巫女さん萌え」の普及に補助金出してどうにかなるわけではないのと一緒で、即効性のある対策などというのは、まさに妄想にすぎません。「幸せシナリオ」の強要も、痛みを伴う改革でどうにでもなる、なんて本気で思っているなら、その人は精神鑑定を受ける必要がある、とまで言ったら言い過ぎですけれど(笑)。
結局のところ、「幸せシナリオ」が破綻しているとなると、需要そのものが減少しているわけですから、少ない需要を最大限掬い上げるぐらいの対策しかありません。
例がアレなのばっかりですが(笑)、たとえば「ナース服萌え」が減っているとして、「対策」を命じられても困りますよね。爆発的に逆転できる作品が出てくる可能性はありますが、そういうことが起きない限り、少なくとも広告宣伝でキャンペーンをじゃかすか行っても、増やせるかというと難しいでしょう。だとすると、せめて「少数でもまだ残っている需要」を、できるだけ取りこぼさないように、100%拾っていく方向で考えるしかない。全体の1%の少数派であっても、その少数派は確実に取ることで対処するわけで、1%のものを5%に引き上げようというのとは違う方向です。
どうも昨今の「少子化対策」は、この「1%のものを確実に拾う」のと「1%を10%まで引き上げる」のと、両方をごっちゃにして、どうにかなるだろうと漠然と妄想を描いているように思えます。前に紹介した
『昭和史 1926−1945』の指摘ではありませんが、
「実に上手な作文で壮大な空中楼閣を描く」 だけで満足しているのではないでしょうか。しかもその「作文」が、書いている世代は上手に書けたつもりでも、当事者世代には「ソ連侵攻」なみに「それ、どこの話?」と受け入れられてないとすると、
老人世代の自己満足でしかありません。
少なくとも、「いま実際に存在する需要」を潰さないための対策は必要です。そこは制度の整備など、解決しなければならない課題として厳然として存在します。
しかし、「存在していない需要」をどうにかして作り出そう、押し売りしようというのは問題が違います。
深読みしすぎだと言われるかもしれませんが、誰にとっても分かりやすい「少子化」の問題のときだけ、ここを曖昧にぼかして問題にしたがるようですが、中身は強制的改宗に近いムチャな話なはずなのに、平然と語られているのでは、とさえ思います。
もっとも、強制的改宗ができるんだと言いたいのか、ヒトラーやスターリンの猿真似に憧れる政治屋さんもいるようですが、そういう妄想には、残念ながら現代の精神医学をもってしても処置がありません。
「防災担当相」の存在自体が災害じゃないかと言いたくなるような政治屋さんは、もともと妄想世界で生きているのかもしれませんが……。と、こういう表現をすると、政治屋さんはともかく、妄想世界から離れるためにたたかっている患者さんに失礼ですけれど。
生ける屍、あるいは実際に棺桶に片足突っ込んでる政治屋さんの旧世代は、そのまま死んでもらうということで放置するとして、では次世代に向かって抜本的な対策があるかというと、そう短兵急にどうにかできるものはないでしょう。
しかし、だからといって必ずしも手の施しようがないというわけではありません。中長期的な「建て直し」として、目の前の少子化については諦めた上で、「せめて生まれてきた子どもたち」を含む、「いまこの島国にいる人たち」が、「もう一度生まれてきても良いかもしれない」と思えるような社会にしていくこと、それが長い目で見たときの根本的対策になるでしょう。
つまり、掛け声や賞金を使って「生めよ殖やせよ」と号令をかけるよりも、「この島国に生まれてきてよかった」と実感できる世界を作り直す、こちらのほうが本当は目先の対策と言われるはずですが、その目先の話も見ないで数字だけで大騒ぎしても仕方がないはずです。
112万人が生まれてくる一方で、3万人が自ら生命を断っているという数字の重みをまるで無視して、「112万」のほうにだけ関心をもつというのは、妄想世界にしても了解しにくい不思議な世界です。それ以外に何の感想もありません。
率直なところを言ってしまうと、「1.29」の第一報を聞いたときの第一印象が「まだ1.0を切らないんだ、やっぱりまだまだ鈍感なのかな」でしたから、
これはかなり甘い採点です。
2004/06/10 東京
♪銀座9丁目は水の上〜♭(
考えてみると結構ぶっ飛んだ歌詞のナツメロあたりの挨拶)
名台詞
「老いたる者には、過ぎし青春の郷愁を、若人には夢みど再び帰り来たらぬ古の幻を」とは、亡くなったコロムビア・トップさんの「昭和歌謡大全集」
(正確にはもっと前、東京12チャンネル時代の「なつかしの歌声」)でしたが、前にも書きましたが、ナツメロの時代の「東京」は東側がメインなんですね。
「♪昔恋しい銀座の柳……」 の「東京行進曲」では、銀座・丸の内・浅草・新宿ですし、それに対抗して作られた「東京ラプソディ」では、銀座・神田・浅草・新宿で、両方ともラストに持ってくる「新宿」には、怪しげなイメージがついています。
現代でもそのまま使えそうな
「♪知っているなら教えてよ 恋の手管のABC♯」 が印象的な「東京娘」でも、
「狭い銀座の黄昏も二人歩けば夢の園」 ですから。
戦後になって「夢淡き東京」でも、
「つばめが銀座に飛ぶ日♪」 ですが、これの圧巻は3番の
君は浅草か あの娘は神田の育ち
風に通わすか 願うは同じ夢
文化ギャップがあったんですか、と……。
「♪柿の木坂は 駅まで三里」 の「柿の木坂の家」も戦後ですが、
春には 青いめじろ追い
秋には 赤いとんぼとり
柿の木坂で 遊んだ昔
と、「コンクリートジャングル」の一等地では考えられないフレーズになっています。
……って、「コンクリートジャングル」がすでに死語ですけど(笑)。
三浦洸一さんの歌った「東京の人」で、ようやく
「♪きみは新宿 ぼくは浅草」(2番)「月の渋谷よ〜池袋♪」(3番)と、新宿・渋谷・池袋が出てきます。
ようやく昭和も終わる頃、
雨が降る宵の 赤坂通りを
濡れながら六本木 ただ歩くだけ歩くだけ
しみじみとキラキラと光る街アークヒル
新しい思い出を今日も待つように
咲いてます香ります 赤坂宵待草
という「赤坂宵待草」が発表されます。
……なんで今日こんな話になったかというと、今日未明放送の「めぐみゅうの神楽坂ハッピーチューナー」の冒頭、松来未祐さんが「銀座で遊んだの」という話をされたから、だけなんですが(笑)。
話変わります(笑)。
某ゲームをリプレイ
(別ルート)していたら、ヒロインが壁に飾るカレンダーのリクエストに「自然の風景が大きく写真になっている」ものを挙げて、ドクターが「ヨーロッパの古城」の写真が入っている壁掛けカレンダーを持ってきていましたが……あれれ、それ
どこかで見覚えがあるような……。
そういえば、月が変わったのでカレンダーもはがさなきゃいけないんだよねと思いながら見回したら、
「あったー!」(今は亡き「ニュースステーション金曜版」のコーナー「ニュースミステリー」で、今は亡き城達也さんあたりの挨拶)
ウチにあるのは、ドイツじゃなくてベルギーで、古城ではなくて今月だと「広場」の写真ですけど……製薬メーカーがくれた奴です(笑)。
今年の「もらいものカレンダー」の中では、写真も大きく、でも日付部分のメモ欄も大きくて書きやすくて、しかも前後の月も小さく出ているので便利に使ってますが……昨年営業が頑張ったのか、このカレンダーあちこちで見かけるような気が(笑)。
カレンダーで思い出しましたが、「可憐ちゃんのカレンダーが可憐だ」というと、アクセントのテストになりそうです(笑)。
NHKアクセント辞典によると、
―― ¬
カレン (カレン) かれん《可憐》
¬
カレンダー calendar
(文字の上の―部分を高く発音、¬はその次が下がる)
だそうですが、人名の「可憐」ちゃんの場合は後者の下がるアクセントになると思います。通しで読むと、
¬ ¬ ――
カレンちゃんのカレンダーはカレンだ
かなあ。一般名詞を固有名詞化したときは、多くアクセントが語尾または語頭に移動するような気がします。
―
ユイ 結い
¬
ユイ 結(人名)
¬
ユイ 由衣(人名)
¬ ――
サクヤ,サクヤ 昨夜
¬
サクヤ 咲耶(人名)
(註:上のうちNHKアクセント辞典に出ているのは「昨夜」だけです)
……そんなこと心配しなきゃならないのは、アクセントに関わる職業でもごく一部のような気もしますが(笑)。
NHKアナウンス室でも、あまり縁がなさそうですし……。せいぜい「さくら」(植物)と「さくら」(キャラ名)ぐらいでしょうか
(おい)。
2004/06/07 世代交代
2004/06/06 一部にのみ重大なニュース
文化放送「電撃G's Radio」打ち切りへ
昨夜の番組で発表・2001年10月以来、2年8ヶ月の放送に幕
メディア戦略変遷で固定支持者失う?
単なる「リニューアル」の可能性否定できず
【東京発6日Rin2】桑谷夏子さん・望月久代さんの両パーソナリティによるラジオ番組「電撃G's Radio」が6月で放送終了と決まった。昨夜の番組で桑谷さんが明らかにした。
同番組は2001年10月、「ラジオ・シスタープリンセス」として放送開始。番組の企画として、ユニット「Prits」を結成するなど、一時期好評を博した。だが、月刊誌「電撃G'sマガジン」(メディアワークス社)での原作の連載が終了、同社の他コンテンツ広報媒体の色彩が強くなったことで、聴取者から不満の声が高まっていた。
同番組では、先日アニメ化が決定した「双恋」のコーナーが始まったばかりだが、今回の「終了」が、番組のタイトル変更やパーソナリティ交代等の大幅な刷新を行うものか、あるいは番組そのものの終了を意味するのか、詳細は不明。
【昨夜のラジオでの発表(要旨)】
桑谷:さてさて、ここでですね、番組から重大なお知らせがあります。
望月:大切なお知らせだから、しっかり聞いてください。
桑谷:実はこの番組、「電撃G's Radio」は、今月6月一杯で、最終回を迎えることになってしまいました。
望月:最終回は6月27日です。
(中略)
桑谷:そこで、「シスプリラジオ」から数えて約3年間のこの番組の思い出や、私たちへのメッセージを募集したいと思います。
(中略)
桑谷:みんな私たちもビックリなんですけど、まあ、それはそれ。
望月:新しいことが始まるには終わらせないといけないから。
2004/06/04 モスクワとストックホルム
♪ああ分かってくれとは言わないが、そんなに俺が悪いのか♭(
ウチとしては珍しく最近?の歌あたりの挨拶)
すでに報道されているように、小学生が同級生を殺害するという事件が起き、ネット界隈も甲論乙駁喧しいようです。
ちょうど事件と前後して手にとった、まったく関係ない書籍の一節から。
わたしは、ある交差点にそびえる大きなパネルに注目した。それには地方自治体が、日本の首都における交通事故者数の表を毎日掲示していた。この掲示はとても悲しいものだった。東京ではドライバーと歩行者が一か月に約300人死亡していた。しかもそれは東京都民が交通規則に対してあれほど強い責任感を持っているのにもかかわらず発生してしまったのだ。
(『KGBの世界都市ガイド』)
この
『KGBの世界都市ガイド』は、かつて各国に派遣され活躍したKGBの諜報部員たちが、往時を思い出しながら各都市の特徴を語るという一風変わった書籍です。
さて、前にも触れたことがありますが、個人の出来事としての物の感じ方と、社会的視点からの見方は大きく異なることがあります。
交通事故はその典型で、当事者にとってみれば人生の一大事でしょうが、社会的には年間統計で「1万人死亡」とあっさり扱われてしまう。減らすための対策を講じないわけではありませんが、しかし個別のケースについてとりたてて重大視することはほとんどありません。自殺者に至っては年間3万人を超える大問題ですが、対策が講じられているかどうかさえ疑問です。
直接の関係がない、名も知らぬ人の事故に対しては、加害者に対しても被害者に対しても、ある意味冷淡な態度を取るのが普通です。「酔っ払い運転で事故なんて、ひどいことを」ぐらいの感想はあっても、それ以上のアクションはないでしょう。
これは国際情勢でも同じことで、「イラクで自爆テロ、何人死亡」「ガザ地区で銃撃、何人死亡」と、数だけは出てきて「ひどいことを」という印象はあっても、そこで終わってしまいます。
ところが、耳目を集める事件となると、この姿勢が突然崩れます。「ヨソの国」よりも身近に感じやすい「同じ日本人」が絡む事件では、心情的にそうなりやすいのも無理はないのかもしれませんが、
これまで「数字」だけで扱われていた「死者」「行方不明」「人質」に、個別の名前がくっついてきて、それに対するリアクションが起こって来ます。
イラクで日本人が人質にされた事件、殺害された事件、それぞれについて、「数字で扱う」態度でもなく、かといってきちんと「身近に引き戻して」思い入れで語るわけでもない、
中途半端な「跳ねっ返り」の言動が多く見られますが、これについては、
そういう議論をする人の頭が悪いこと以外に指摘すべき点はありません。
少なくともこの国には、死者に対しては敬意を払うという「伝統」があったように思いますが、どうやらこれは都合のよいときにのみ発動されるロジックで、「御国のために」かどうかの線引きがあるようです。
「戦犯というが、死んでしまえば……」と言いつつ靖国参拝を肯定する勢力が、先日のイラクでの日本人ジャーナリスト殉職に対して、「殉職」とさえ言わずに、はなはだ冷淡な見方をするのは、理解不能の一語につきます。
逆に、過度に思い入れをしてしまって、論理的な判断ができなくなってしまう、自分の家族がどうこうされたのと同じ感覚で「撃ちてしやまん」と叫びだす、そういう熱狂も非常に強い危険があります。それは家族を他国に殺害されれば、その国の大使館を焼き討ちしたくなるのも感情レベルでは分からないではないですが、家族以外の人が安易に思い入れを重ねてしまって、「やってしまえ」「やっつけろ」と叫びだすと、これは怖いものがあります。
子どもをめぐる犯罪というのは、事件そのものがショッキングですから、どうしても「衝撃の事件!」という扱いになりがちです。
その情緒自体は、子どもを大切にする「当たり前の」感情論かもしれません。そこにまでケチをつけようとは思いません。
同時に、日本で起きる事件については、「思い入れ」を重ねやすいという性質もあります。ほとんど多くの日本人は、「日本の教育」を受けていますから、ある意味
「経験者」として、事件に対する「想い」を持つのでしょう。「そういえば自分もいじめにあって……」というような論調はこのパターンだと思います。
ここで問題なのは、事件にせよ、あるいはその「事件の背後に潜む容疑者」といわれる「環境」「教育」にせよ、はたして分析ができるような性質のものなのか、それとも単なる一回事象に過ぎないのか、という点です。
多くの「教育の問題」論は、こういう事件の背景にある原因を探り出して、それを排除すれば、あたかも有毒物質を規制するかのように対策を講じれば、それで次の惨劇を防げるという暗黙の前提に立って論じられます。が、果たして本当にそうなのか。何らかの原因と見られるものを割り出したとして、それを排除すれば万事解決なのか、この点の検討はあまり言われません。
疫学は、統計によって原因を探り出す独特の手法です。有毒物質、たとえば有機水銀でもPCBでも、それが原因ではないかと疑っても、「やってみる」わけにはいきません。そんな人体実験は許されませんから。
そこで、つねづね摂取しているグループと、そうでないグループに分けて、統計的に追跡してどうか、と見ていくことになります。喫煙者と非喫煙者の肺がんリスクなども、この手法によって明らかにされてきました。
「教育」論に対していつも疑問を感じるのは、疫学の場合、言っちゃ悪いけど小難しい数字がゴチャゴチャ並んで放り出したくなるぐらいなのに、教育についてはそんな小難しいのを抜きにして、
シロウト感覚で気軽に、「昔はなかった」の一点張りで犯人探しをしているようなところがあるからです。
「喫煙者の肺がんリスク」でさえ、「俺の爺さんは死ぬまでタバコ吸ってたけどなあ」という素朴すぎる異論が出ます。まあ、統計を知らなければ当たり前な話で、
「東京に5日間いたけど毎日晴れていた」から「東京は雨が多いなんてウソだ、雨なんか少ないよ」式の単純すぎる思考ですが、それでもそういう異論は実際にありますね。
ところが、こと「事件が起きた」あとの「教育」については、そういう素朴な異論さえ出てこない。「僕らのときはなかった」「これまでにない異常事件」の触れこみで、ショッキングさを大々的にアピールするせいか、エクスクラメーションマークの勢いに押されてしまうようです。
原因がある程度分かっていて、前兆を察知しようと懸命の努力を続けている地震災害にしても、あるいは毎年ほぼ確実にやってきて、その都度あらゆるデータをもとに予測を出して警戒を呼びかける台風にしても、自然災害である以上根本的に排除することはできません。来ることを前提に対策を講じて、とにかく被害を減らすことに最善は尽くすとしても、発生した台風にミサイルを撃ち込んで吹き飛ばすとか、進路を変えさせることは現在の科学技術では不可能です。
天災であるという言い方は、あらゆる努力を無価値にしてしまう、逆にいえば「お手上げ」「責任放棄」の良い口実になりますから、そこに寄りかかってしまうのも問題ですが、しかし、子どもによる事件を、「教育」や「環境」といった人為的にどうにかなる要因で説明できるのかどうか、そもそも「教育」はそんなに簡単に説明できるほど単純なものなのか、そこに疑問を感じないでいられるのも、私から見れば不思議です。
「厳罰をもって処罰すればいいんだ!」という見せしめ的な意見もあるでしょうが、では大人による小学生殺傷事件のように厳罰に対して恐怖すら抱かずに確信をもってやってしまう犯罪を止められるでしょうか。幼児誘拐殺人事件のように、妄想世界を確立してしまった犯人による犯罪に対して、どんな残虐な刑罰を用意すれば止められたと言うのでしょうか。
もちろん、ほとんど大多数の犯罪者は、犯行による自己の利益と、刑罰による威嚇のバランスの中で、「一線を越えて」犯罪に走るのでしょうから、「威嚇」を強めてやる、つまり「絶対に摘発されるし、摘発されたら重い刑罰が待っている」というのが抑止力になりえます。この場合、摘発と刑罰の重さは掛け算ですから、刑罰をただ重くすれば良いわけではないのは当たり前です。
「自分に限って捕まらないんだ」と思い込むのは犯罪者のつねですから、刑罰を重くするよりも摘発率を上げたほうが効果的な場合も少なくないはずです。
しかし、「分かっててやってしまう」犯罪に対しては、こういった歯止めが何の意味ももたないのは明らかです。また、衝動的にやってしまう犯罪に対しても、「無我夢中で気づいたら」というような事件を食い止められるとは思えません。
大人による犯罪の防止についてさえ、これだけの問題があります。まして発展途上の子どもの事件について、一律にどうこうすれば全部なんとかなると言うのは、随分お気楽な意見だと思わざるを得ません。
たとえば低所得で満足な教育が受けられないために、暴力的な「第二の世界」に入っていってしまう「非行」の問題はあります。あるいは、成績第一主義の「表の世界」で挫折して、脱落するときに「第二の世界」に行ってしまう「非行」もあるでしょう。
こういった現象については、社会からのアプローチで予防の網を張っていく必要は当然ありますし、それによって目に見える成果も挙げうるはずです。いわば疫学的な分析と対策が有効なケースも決して少なくはありません。
しかし、あまりにも複合的な原因が重なって起きる、まさに複雑怪奇な事件の場合、疫学が想定するような単一因子に近い見方が、はたして妥当かどうか、根本的な疑問があります。
「昔はなかった」から、「いまはダメなんだ」と言うのは簡単なことです。だからといって、「昔」に戻せば解決するのかといえば、そんな無謀な議論は成り立ちません。
さらにいえば、もし
現在の問題を惹き起こしている「要因X」が判明したとしても、社会全体が止まることなく変動しつづける中で、その「要因X」だけを取り除けば、問題の再発防止になるかどうか、これはやってみなければ分かりません。その上、「やってみる」というのでさえ、数十年の時間を要します。リトマス試験紙を落としてやれば即座に判定が出るようにはいかないのです。そして、その実験中も社会変化は止まりません。これで本当に検証ができるのか、そこまでする価値があるかどうか、冷静に考え直す必要があるのではないでしょうか。
これは非常に冷たい言い方で、おそらく教育に関係する人からは大きな反発を受けるかと思いますが、個人的には、
教育そのものが「合法化された巨大な人体実験」ではないかという疑念を払拭できません。他に方法がないのも事実ですが、あまり「崇高」だとか「聖職」だとか言わないほうがいいのではないかとさえ思います。もちろん、教育に携わる人がそこのプライドを捨ててしまっては、元も子もなくなってしまいますが、しかし、あらゆる問題を解決できる最終方程式のように期待するのもどこか違うように思うのは、この疑念があるからです。
目につきやすい要因の候補者には、その時々の「目立つモノ」がいつもランクインします。二昔前であればテレビでしたし、一昔前ならテレビゲームが言われ、いまならインターネットだということになるでしょう。
では、その「灰色要因」を排除すれば、現今の問題解決につながるのか。現代のほかの要因をそのままにして一つや二つを取り除いて、効果があるかどうか、はっきりいえば人体実験同様やってみなければ分からない話です。結果が出るまでに他の隠された要因が変動してしまうかもしれませんし、非常に先の見えない、ずいぶん覚束ない実験をやるもんだと言いたくなってしまいます。
灰色要因について、
「そうだ、自分たちの時代にはテレビもインターネットもなかったから健全だったんだ、我慢をさせることが大事だ」という老人の声が聞こえてきそうですが、
その「良かったという昔」が本当に健全だったのかどうかの検証もない、単純極まりない暴論に近いものがあります。この「昔は良かった」論を、
「健全に他国を侵略し、健全に虐待した」世代や、
「健全にゲバ棒振り回して火炎瓶投げてた」世代がしきりと言いたがるように感じるのは、思い過ごしでしょうか。
ところで話は戻りますが、数字として見るか、名前のある人として見るか、ここの違いは教育についてもしっかり認識しておく必要があります。
数字として見るなら、1件の「異常事件!」に惑わされずに、少年犯罪の数、その内訳、といった全体的な数字について考えていく姿勢が必要です。逆に、名前のある個別の例について見るなら、「異常!」と決め付けて自分と違うからと優越感にひたるのではなくて、その名前のある1ケースについて冷静に分析してゆく姿勢が要求されます。
このどちらでもなく、「異常!」のエクスクラメーションマークの勢いだけで、「現代に潜む狂気」と勝手に言いたい放題言ってしまうのは、有害無益以外の何物でもありません。
それならまだしも、
KGBの諜報員が、名も知らぬ仮想敵国の都民に対して、その生命の損失について抱いた情緒のほうが、よっぽど健全ではないでしょうか。
ところで、加害者に心理を重ね合わせてしまうのは、ある程度までは「平常の範囲内」です。
とくに今回の事件については、報道で伝えられる限りでは、まったく理解を逸脱するような猟奇犯罪ではないようですから、「異常」の掛け声で叩くところまで行かないのは、まだマトモな部分と言えなくもないでしょう。自分と、事件の当事者の間に線を引いて、優越感にひたるように論評するような人間にはなりたくないものですし。
ただ、あまりに心理的に重ね合わせすぎて、「仕方ない」とまで言うとこれはどうかと思います。「体験的に同情を禁じえない」、それは分かるとしても、そこで止まっていてもよいのか、あるいはあえて止まるべきか、考えなければ意味のない部分は少なくありません。
報道ですべて明らかになっているとは言いがたい初期の段階ですから、鵜呑みにしてコメントすると筋違いになりかねない危険はあります。また、先に述べたように、「教育」に問題を持っていったときに、もともと人体実験じゃないかという根本の疑問もありますから、先の塞がった話になりかねません。
それでもあえて、という前提で言えば、先ほどの例ではありませんが、冷酷なようですが天災と同様、それも大地震ではなく台風に近いもので、
今後も毎年のように起こりうる惨劇と突き放して見るしかない、というのが個人的な意見です。何かの対策によって防止できる、などと思い上がらないほうがいいのではないか。
ただし、だから放置してよいということではなくて、積極的に手を打つだけではない、消極的な予防策もあるということは、往々にして忘れられやすいので指摘しておきたいと思います。
「教育改革」論議では、いつも積極的に「問題をなくすために変える」ことばかり論じられます。勤労奉仕ならぬ奉仕体験であるとか、あるいは「好ましくない」コンテンツからの隔離だとか、「積極的対策」が目立ちます。
でも、それは本当に有効なのか、巨大な人体実験としてやっていい範囲なのかどうか、少なからず疑問を持ちます。雲に物質を散布して雨を降らせる人工降雨実験や、レーザーで雷を誘導できないかという実験のレベルなら、まだ被害が限定できるだけマシかもしれませんが、「教育の抜本改革」などというのは、台風に水爆を撃ち込んで消滅させられるかどうか試すような、一つ間違えば甚大な被害をもたらす実験ではないかと思えるのです。
それよりも、気象衛星やレーダーなどの観測網によって早期に異常を発見する、つまり台風が来るのは止められないという前提のもとに、被害を最小限に食い止める対策を考える、そういう思考法が「教育」論には出てこないようですが、気のせいでしょうか。
おそらく、敵意とか殺意といったもの、あるいはその土台を作ってしまった「いじめ」の問題などは、そう簡単にはなくせない性質のものでしょう。上官・先生には絶対服従という方法でクリアしようとする人もいるようですが、それでは「規律を誇る」かつての皇軍や、今日ただいま問題になっているイラク駐留米軍の問題はどう説明されるのでしょうか。
だとすれば、ある程度までそういったマイナスの現象は起きるものだという前提に立って、
少なくとも殺意までは仕方がないにしても、実行に移す前に食い止めるにはどうすればよいのか、そういう視点も必要だと思います。
これは、規制や監視でがんじがらめにしなさい、ということではありません。ただ、偶発的に殴られた、かっとなって手近なもので殴ったら運悪く死んでしまった、というのとは違いますから、どうしても前兆現象はなかったんだろうか、と思いたくなります。その前兆の段階では、加害者も相当苦しんでいたのでは、と考えてくると、監視ではなくて「気づいてくれる人」が求められるように思えてなりません。
「監視する人」つまり実社会でいえば公安警察や、あるいは「善悪の判断を下す人」つまり実社会の裁判官、そういうところばかり焦点が当たりますが、そういう摘発する存在に対して、マイナスの感情を吐き出してくれるとは考えられません。摘発側が監視を強めれば強めるほど、潜伏してしまって、起きるときには重大事件になるのは実社会で見ているとおりです。
未遂で摘発できればそれでもマシという見方もあるでしょうが、監視社会を作りたいならともかく、自由を標榜するなら、未遂のさらに手前、感情の段階で手当て(≠裁き)ができるような、マイナスの感情でも聞いてあげられるシステムについて考えてもよいはずです。
ここで大事なのは、マイナスの感情を聞きとる人、それは学校の先生でも親でも構いませんが、その人がジャッジメントを下すようでは効果を期待できないということです。「そんなことを考えてはいけません」と諭されるのが分かっていて、相談しに行く人がいるでしょうか。
そう考えると、相談を受ける・マイナスの感情を聞き取る人は、善悪の判断を教え諭す立場の先生
(「教諭」という字句のとおりです)や、親ではなく、第三者として叱らない、叱る人に「告げ口」もしない、そういう人が別に必要になると思います。
必ずしも、職業としてそういう人を用意しなければならないとは言いません。親や先生がそういった存在に立てる可能性も十分あります。担任の先生にはいえない話を、教科専任の先生に対して愚痴って解決できるケースもあるでしょうし、親に言えない話を親戚の叔父さんに話して自然に解消されることもあるでしょう。
見方を変えて言えば、つまり、誰も彼もが「そんなのはいけない」とジャッジばかりしたがることにも問題があるかもしれません。たとえ学校専任でカウンセラーを置いても、そのカウンセラーが信頼を得ていなければ意味がありません。その信頼とは、やみくもに叱り付けたりしない、あるいは問題行動として担任や親に言いつけたりしない、ということです。ここの原則が守られ、かつ守られていることを信頼してもらえなければ、どんなケアの担当者を置いても無意味です。
こういった、直接すぐに効果があるかどうか分からないものについて、「教育改革」論は関心を持たないようです。まあ、戦場に送る兵士を育てたい教育改革とすれば、うだうだ悩む奴はいらないというのがホンネでしょうから、そんな予算よりも前線に送れるように積極的に変えたいということなんでしょうが、そういった論外の外の人たちは別としても、問題が起きたからといって外科手術で即座に切って摘出しなければ、と考える必要はないはずです。内科的に、
少なくとも悪化を避けつつ、対症療法で痛みだけでも取って、あとは自然回復を待つのだって立派な対策です。
悠長だと言われそうですが、この自然回復タイプの「改革」も、劇的に動かすのも、どちらも人体実験であることには変わりはありません。どちらの人体実験を選ぶのかは、子どもたちにどう育って欲しいのかという「仕様」によって、発注者の大人が決めることです。
「人体実験」「仕様」「発注者」と、教育に真剣に携わる人には屈辱的な言葉と受け止められるかもしれませんが、この本質から目をそむけることもできないと思います。
「元気な女性多くなったのか」 佐世保事件で井上防災相【朝日】
井上喜一防災担当相は4日午前の閣議後の記者会見で、長崎県佐世保市で小学6年生の御手洗怜美さんが同級生の女児にカッターナイフで切られて死亡した事件について「元気な女性が多くなってきたということですかな」などと語った。井上防災相はこの後、改めて記者会見を開き、「(事件の原因としてとられているとすれば)自分の真意ではない。誤解されている」などと釈明したが、発言は撤回しない考えを示した。軽率な発言として批判を招くのは必至だ。
井上防災相は最初の会見で、事件について自らの感想を語る形で「(加害者は)女ですからな。女の子だからね。これは従来の考え方をある意味で多少覆すことじゃないですか。男がむちゃやって、なんかしでかす、ということはかつてはあったかもわからんが、女の子がやったというのは初めてじゃないですか。今までありましたかね。最近、男、女の差がなくなってきたんだね。元気な女性が多くなってきたということですかな、総じて。どこの社会も」と述べた。
この後、発言が問題視されたことから、改めて会見を開き、「たまたま事件に女性が出てきたから、一般論として言っただけですよ。ああいう発言は、今までも自分の発言を言った方がいいと思って、言っている」などと述べた。「事件の原因として誤解されないか」との質問には「そういう風にとる方がおかしい。残念ですよ、そういうとられ方をするのは。そういう趣旨で発言していない」と反論。陳謝はしないのか、との質問には「陳謝って何を陳謝するんですか。誰に謝罪するんですか」と語った。発言は撤回しないということか、との質問にも「そうですよ」と述べた。
この発言について、細田官房長官は4日午前の記者会見で、「真意がわかりません。河村文部科学相が(閣僚懇談会で)『従来の常識では男性生徒がやるのが多いのではないか。女性同士とは驚きだ』と言った。そのことに印象を持たれたのではないか」と説明。軽率な発言ではないかとの質問には「そうですね。男性か女性かは本質的議論とは思いません」と語った。
(06/04 12:42)
KGBのスパイにも劣る人間が、本国の中枢にいること自体、お笑いと評するほかありません。
もっとも、擁護できないことはなくて、要するに「個人的な意図でやったのは困るが、その気迫だ、国のために人殺ししてくれ」ということではないかと思います。
昨日判決が出た集団暴行事件について、「元気があって」と言った人もいますから、「いざというとき、御国のために」発揮してくれるなら評価したいというホンネが見えますね。
どうやらこの政治屋さんにとっては、「仕様:疑いなく他人を殺傷できること、ただし個人的原因でないこと」と、「教育」に対して「発注」したいようです。
話は変わります。
一時ウチでも取り上げた海外ドラマの「24」、個人的には途中までは面白かったのに、後半どんどんつまらなくなったように感じました。
最大の理由は、「人が死にすぎる」。いえ、別に殺害シーンが残酷だからイヤだとか、血なまぐさくてどうこう、ということではありません。ざっくり言ってしまうと、登場人物に対して
「どうせこの人もすぐ死ぬのよね……」と冷めた見方をしてしまうようになって、ドキドキ感がなくなっちゃったんです(苦笑)。
私は日本のサスペンスドラマは見なくなっちゃったんですが、
終盤いつも絶叫の「お話し会」に飽きたというよりもストーリーに意外性がなくて全然ドキドキしない、それでいてスカッとするような勧善懲悪にも徹していないのが原因だと思っています。
ワンパターンで言えば、古くはサンダース軍曹に任せておけばOKの「コンバット」や、敵がほとんど必ず航空機で逃げるので撃墜して終わる「エアーウルフ」などもありました。平穏なところではおばさんに任せておけば必ず事件解決してくれる「ジェシカおばさんの事件簿」というのもありましたし、最終的なオチが決まっているからつまらない、ということはないと思います。
しかし、長時間もので
(「24」はリアルタイム進行で24話ですからちょうど24時間です)、「どうせこの人も……」と見るようになっちゃうと、これは教育的にどうこう以前に、娯楽として楽しめないんじゃないかと。
むしろ、毎回ハデに銃撃戦はするし爆発もあるのに、なかなか死人は出なくていつもメデタシメデタシの「Aチーム」のほうを評価しますが、それは死人の有無ではなくて
ストーリーの緊迫感の問題だと思います。
……ついでに言ってしまうと、『三国志』
(演義)は、やたらと人が死にます(笑)。
戦闘シーンでなくても、讒言を受けて死んじゃいますし、罵声を浴びせて相手を憤死させたりもします。感情が激昂して血吐いて死ぬ周瑜とかもいますし、その手前、前半クライマックスの「赤壁の戦い」では「72万皆殺し」と平然と言ってしまうぐらいですから、えんえん容赦なく死んでいきますが、だからといって残虐だとか陰惨な感じはあまりしませんし、「どうせこの人も……」とも思いません。ストーリーが緊密に作られているかどうかの違いでしょうか。
ついでのついでに言ってしまうと、色恋愛憎ベタベタなのも苦手ですね。
あと、勧善懲悪でも「程度の差」があってもいいんじゃないかと思ったのが、『事件記者』
(映画版)シリーズでした。警視庁記者クラブの社会部記者が事件に立ち向かっていくんですが、悪人がちゃんと逮捕してもらえれば比較的マシで、本当に許せないような奴は逮捕もしてもらえずに死んでしまいます。
『事件記者 深夜の目撃者』が一番ザンコクな末路だと思いますが、「あっ」の一瞬で懲悪の始末がついてしまうのは、よほど最近の「どんな犯人もきちんと逮捕」より溜飲が下がるのでは、という気がします(笑)。
2004/06/01 万邦協和
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